包帯を替えたいとふと思い立ち周囲を見渡した。要するに一人じゃできないので誰かにやってほしかったのだが最有力候補のアシリパさんは牛山さんの腹の上ですやすやと気持ちよさそうに眠っていた。仲が良いようで微笑ましい。
それはさておき、アシリパさんの助けが借りれないというならば杉元さんか尾形さんにお願いしたいところだが、正直なところ杉元さんには頼みづらい。何故かって、杉元さんは私が服を脱ぐことにやたら抵抗があるみたいだったしさきほどは晒し巻いてるしヘーキヘーキと言ったけどそれは見られるだけなら、という話であって手当をしてくれるのが杉元さんだと思うと……なんか緊張する。ので、ここは消去法で尾形さんに頼み……たかったが肝心の尾形さんの姿が見当たらない。ダメもとで「尾形さんってどこに行ったんですか?」と聞いてみたら「さあ?便所じゃないか?」とさもどうでもよさそうな適当な返事を返されてしまった。ああ、聞く人を間違った。
「ってもしかして、尾形と知り合い?」
「そんなわけないじゃないですか……どのへんでそう思ったんです?」
「いやなんとなく……仲が良さそうというか」
「どこが!?」
尾形さんと出会ってからのことを思い出すとだいたい一方的に理不尽な扱いを受けてばかりな気がするのだけどあれのどこが仲良しといえるのかと問い質したい。どちらかというといじめっ子といじめられっ子じゃないか?だがこの場合いじめられっ子は私でありそれを自分で言うのも癪どころの騒ぎではないのでとにかく「仲良しではない」というところを強調しておく。それはそれとして今の私には尾形さんが必要だ。早く戻ってこないかな~とソワソワしながら暗闇の中に彼の姿を探したり包帯の様子を確認していた。杉元さんは私が尾形さんと仲良し説を否定したことに納得したあとも何か考え込んでいたけど難しい顔をして「なあアシリパさん、……」と低い声を出した。
「やっぱどこかで土方に会ってないかな?どうもあの顔に見覚えがあるんだよな……」
「アシリパさんならもう寝てますよ」
「…………は見覚えないか?」
「うーん、あるようなないような……?」
たしかに頭の斜め上あたりにふわふわとした掴みどころのない何かが浮かんでいる気もするのだけどそれがまるで霧みたいに捕まえようとしても捕まえられないのだ。二人して同じような体勢で考え込んでいたら近くの繁みがガサッと音を立て、杉元さんが「なに!?」と反応したので銃を手に取りそちらを向くとそこに居たのはただの尾形さんだった。
「尾形さんにお願いがあるのですが」
「なんだ」
「包帯を替えてほしくて」
「ちょっと待て!どうして俺に頼まないんだよッ!」
「お前じゃ不安だとよ」
「どうしてそんなトゲのある言い方ばっかりするんですか」
「事実だろ?だからわざわざ俺に頼んだんじゃないのか」
「違います!」
こんなことなら素直に杉元さんに言えばよかったかもと少し後悔しつつ睨みあう二人というか睨んでるの杉元さんだけだけど……を見て私は頭を抱えることになった。自分の浅はかな考えから生んでしまった要らぬ誤解と余計な軋轢だが、いがみ合う二人を見ていたらこれどうしよう土下座したら許してくれるかな?なんて若干投げやりな解決方法しか思いつかずいかんいかんと思いっきり頭を振った。
「違うんなら俺がやる!」
「指名は俺なんだからすっこんでろよ」
「あ、すみませんもういいです……やっぱり明日の朝アシリパさんにやってもらいます」
「いや俺だって手当くらいできるよ?」
「そういう意味じゃなくてですね……」
「なんならくじ引きで決めるか?恨みっこなしだぜ」
「逆に聞きますけど、そこまでしてやりたいですか?」
「こいつにさせるくらいなら俺がやる」
「……」
「……」
「おい!二人してため息吐くなよ!」
「杉元さん、お静かに」
すぐそこで熟睡している二人がいることを忘れてはならない。ていうかさきほどから結構キャンキャン騒いでいる気がするが起きる気配がないので一度寝たら中々起きない体質なのかもしれない。杉元さんはぐっすり眠る二人の姿を確認すると声の音量を少し落として「俺じゃ嫌だった?」と悲しそうに言うものだからうっと言葉に詰まってしまう。その顔は反則だ。なんだかこっちが悪いことしているような気分になり目を泳がせるとその途中でなんとも楽しそうににやつく尾形さんと目があってしまった。もしかして尾形さんて人の不幸が蜜の味に感じる人間だろうかなんて失礼極まりない想像が頭を巡ったけど果たしてこれは不幸と呼べるのかあまり自信はなかった。
「嫌とかじゃないですけど……」
「じゃあ決まりだな」
杉元さんはやると決めたら絶対やる人だからきっと序盤で結果は決まっていたのだろう。尾形さんに向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべた後、荷物の中から包帯やらいろいろな道具を出して私の目の前に座った。暗いせいなのか思ったほど緊張はしていなくて、昼間アシリパさんの前でしたみたいに上半身の着物を肌蹴て肩口の傷を見せると杉元さんがそっと包帯を解きにかかる。いつもは力加減がめちゃくちゃな癖に、珍しく優しい手つきをしていたのには予想外すぎて拍子抜けした。一応気を遣ってくれている、のだろうか。
「貫通しててよかったな」
「本当に……抉り出すのはもう御免だったのでよかったなんてもんじゃないですよ」
「経験あるのかよ」
「ありますよ。気絶気絶、そして気絶みたいな感じだったのであんまり覚えてないですけど」
「それ笑っていいやつ?」
いやそこは「俺もそれ経験あるある!」とか乗ってくれていいんですよ?思っていた反応と違い杉元さんはちょっと微妙な表情を浮かべていた。やっぱり自分に冗句のセンスはないらしい。冗句言うときくらい真顔やめろという意見がどこからか飛んできそうなくらいの無表情だったことも原因かもしれないが。
肝心の傷の具合はというと、アシリパさんが塗ってくれた薬草のお陰なのか化膿はしていないようだったけど痛みは残っている。杉元さんが新たに薬草を塗る間も顔を顰めて痛みに耐えていたら「痛い?」と聞かれたのでどうしようもないことは勿論承知の上で正直に「痛いです」とこれまた真顔で訴えてみた。
「……なんかさ、俺にはちょっと冷たくない?」
「えっ、自分が、ですか?」
「うん」
「そんなつもりは……ない、ですけど」
「アシリパさんのときと全然違うし、あんまり目合わせないし、あと、尾形の方が……話しやすそうに見える」
「そ、それを言うなら……杉元さんだってアシリパさんと他の人で態度違うじゃないですか」
「そりゃ、アシリパさんは女の子だし」
「あー……なるほど」
「……いや違うッ!そういう意味じゃなくて……!!」
「杉元さん、しぃーーッ!」
声の大きくなる杉元さんをなだめるようにして自分の口元に人差し指を当てたら杉元さんの背中の向こうでアシリパさんが「う~~ん」と唸ったけれど起きる気配はない。そしていつの間にか尾形さんも就寝していた。……本当に寝てるのかは怪しいが。その様子を見て短く息を吐いた杉元さんが手当の終わった私の肩にふわりと触れた。
「……あんたが女の子なのはちゃんと知ってるよ」
「言われるまで気付かなかったくせに?」
「うっ……それは、し、仕方ないだろッ」
「すみません、これはちょっと意地悪でしたね」
「……違和感はあったんだけどさ、元陸軍だって言うから気のせいだと思ってた」
「ま、性別なんてどちらでも構わないんですけど」
「俺は…………やっぱ何でもない」
「ええ……なんですか、気になるなあ」
「大したことじゃない」
何かを確かめるように私の肩を擦る杉元さんに「手当、ありがとうございました」とお礼をしたらはっとしたように手を離し「次からは尾形なんかに頼むなよ」とかまた大人気ないことを言いだしたので苦笑いするしかなかった。