「オイもっとスピード出ねえのかよ!?」
「この人数乗せてんだ、仕方ねえだろうが!文句あんならテメーが降りろ!!」
「降りるわけねえだろバッカじゃねぇの!!」
「!これ撃てるか!?」
「え、え?」
黒王軍の追手が迫る状況でキッドさんとブッチさんはまた喧嘩していた。というか、この二人にとってこれは喧嘩ですらないのだろう。手綱を操るので精一杯な様子のブッチさんが手に持っていた短銃をこちらへよこそうとしたけど生憎私はライフル銃しか扱ったことがない。使い方は同じだろうか?私が困惑する様子を見て早々に諦めたブッチさんが前へと向き直る。後方ではキッドさんがガトリング砲で応戦していたものの、合間をぬって前進してくる敵兵が迫っていたので私は馬車に手の届きそうだったその兵隊に刀を突きたてた。その刀を引き抜こうとした時だ。馬車が岩に乗り上げたのか、大きく傾いた。半身を乗り出していた私は揺れに合わせて馬車の外へ放り出される。「危ない!!」と誰かが叫び私の腕を強く引っ張ってくれたおかげで一瞬引き戻される感覚はあったが、結局はその人も私と一緒に馬車から投げ出され、長い坂を転がり落ちていった。
「いてて……」
「Bene es?」
一緒に落ちたのは金色の髪のおじさんだった。ええっと……名前はなんだったっけ。たしか晴明さんがスピキオとハン……ハン……なんとかと言っていたけど慌ただしい状況だったからどっちがどっちだかわからない。私もおじさんもかすり傷だらけだが命にかかわるような大けがはしていないようだ。馬車は通り過ぎてしまったみたいだけど黒王軍がまだいるかもしれないからすぐ動くのは危険だろうか、それともさっさと移動してしまったほうがいいだろうかと私は迷っていた。……そういえば、この人は戦に詳しいみたいだから意見を聞いてみよう。見たところ兵士という感じはしないから、軍師とかそういった役割なのかもしれない。
「えーと……とりあえず、移動、した方がいいでしょうか?」
「Placere iterum dico?」
「へ?」
「Nescio quid erant 'dicens……」
「……なんて?」
馬車から落ちた時に晴明さんがくれた言葉がわかるという便利なお札がはがれてしまったようで、私たちは暫くの間唖然としたまま見つめあった。おそらく彼も自分と同じことを言っている気がするけど、何と言っているのかさっぱりわからない。これはまずい状況だ。ひとりぼっちではないのは非常に心強いと思っていた矢先で言葉の壁にぶちあたったせいですぐに途方に暮れる羽目となってしまった。そもそも彼はどこの国の人なのだろう。ローマがどうとか言っていたけどローマってどこだろう。
「Quid faciam……Et ubi ad locum desideratum facere?」
おじさんは独り言なのか、こちらを見ないまままた日本語ではない何かを呟いている。この様子だと馬車が向かっていたところは知らないみたいだ。晴明さんの言っていた「廃城」とは、どこにあるのだろう。北壁からは遠いのだろうか、それすらわからない。そもそもこの世界の地理など私が知るはずもなく十月機関の本部がどのあたりで北壁がそこからどのくらい距離があるのかすら把握していないのだ。
「とりあえず……馬車はあちらの方に向かってましたから、進んでみましょう」
言葉が通じないことはわかっているが私は日本語しか話せないので無意味とわかっていながらそう言うと、指をさしたのが功を奏したようでおじさんはこくりと頷いてくれた。漸く意思の疎通ができたことでほっとした私は同じように小さく頷いて歩きだす。……しかし、私達は歩けども歩けども一向に森から出ることができずそれどころか考えたくもないことだがどんどん奥へ向かっているような……。
「Volo requiem……」
黙々と進んでいた私達だが日が落ちた頃になって先を行くおじさんが振り返ってそう言った。相変わらず言葉はわからないのでぽかんと口を開けているとおじさんが手を枕に寝るような仕草をしたのでああ、もう休みたいってことかと気付いて頷く。おじさんは大きな木の幹を背にして腰を下ろして息を吐いた。歩きどおしだったから無理もないだろう。でも、こんな森の中で無防備に眠るのも危険な気がしてとりあえず火でも起こそうと思い立ち近場の枝や葉っぱをかき集める。残念ながらここには火打石もなにもないので枝を只管回転させて火種を作っていると、暫くそれをじっと見ていたおじさんが急に立ち上がって自分と木の枝を交互に指さした。うーん、やりたいってことかなあ。あまり自信はなかったので恐る恐る枝をおじさんに差し出すと、どうやら正解だったらしく私と同じように両手で枝を回転させ始めた。正直なところ、腕が疲れてきたところだったので助かった。交代してすぐに焦げ臭さが鼻をつき、その臭いのもとである火種をなんの植物なのかわからない葉っぱやら木の皮やらで包んでふうふうと息を吹きかけるとたちまち赤い火が点く。予め組んでおいた枝へそれを移した後、私は漸く一息ついた。
「Quod ex hoc facere」
「……どうしましょうね、言葉も通じないのに」
「Tu latine nesciunt?」
「うーん……ぜんっぜんわからない」
私とおじさんは同時にはあ、とため息を吐いた。膝を抱えた姿勢のままじっと火を見つめている私におじさんが「Nos iam cubitum ire」と苦笑いを向けて横になる。先日からいろいろなことがありすぎて思考が追い付いていない。晴明さんたちは探しにきてくれるだろうか…………私たち「漂流者」を保護することに躍起になっているのを見るに、恐らく捜索はしてくれるはずだ。早く見つけてもらうためには一体どうすればいいのか、悶々と考えているとどこからか聞いたことのない鳥?なのかもわからない謎の生き物の鳴き声が聞こえてくる。熊とか、猛獣が出なければいいけど……。
幸い野生動物の夜襲を受けることなく私達は無事朝を迎えることができたものの、空腹は限界に達しようとしていた。割と大きめに鳴った私の腹の音を聞いておじさんが「Ego autem erat inanis stomachum」とため息を吐いたのできっと彼も空腹なのだろう。しかしこんな得体の知れない森の中では食料調達もままならない。こんなところで変なものを食べて毒にでもやられるのは御免なので暫くは我慢するしかなさそうだ。
「vide!」
「え?」
「Non marcas」
おじさんが指をさした地面には、何か重いものを引いたような跡があった。ということは、この先に誰か居る可能性がある。微かな希望が見え、私達は笑顔を引きつらせながら目を見合わせた。どうか、言葉の通じる人間でありますようにと祈るように跡を辿った。が、行けども行けども誰にも会えない。さきほどの跡は明らかに人工的にできたもののはずだから何もないわけはないのだけど……。流石に疲労も限界を迎えつつあり、私たちは二人して息を切らしながらなんとか足を進めていたが遂におじさんが涙目で叫びだした。
「Volo ut Romae!!Volo intrare in balineum!!」
「うわっ!なんですか!?」
「An magis ac magis ad regionem inexplorata stagni et errant ab omnibus……Cogitavi ut sit signum est domui quia non est qui derepto」
「何言ってるのかわからないですよー……」
「Ego certe, sed Africanus!Non amo Africa!!Vinciantur!!」
大きな独り言を森に響かせながら少々乱暴に草をかき分けて進んでいくおじさんを困惑しながら追いかける。私の方もいろいろ限界だ……主にお腹が。ぐるぐると鳴りやまないお腹を押さえつつなんとか歩を進めていると、おじさんは急に立ち止まった。漸く村か何かにたどり着いたのかと顔を上げた視線の先には大きな鉄の塊が鎮座していて、私の目はそれにくぎ付けになる。
「Quod……Quod dites」
「このかたち……もしかして、あのときの」
呆気に取られている私達の鼻先に突然槍が突き付けられる。現れたのは犬……いや、人間みたいな犬だ。くっ……食い殺される……!!おじさんが必死に叫んでいる横で刀に手を掛けるとどこからともなくドンドコドンドコチャカポコチャカポコと太鼓のような音が近づいてきた。
「何だバカヤロウ!何だオメー!!コノヤロウ!!俺の愛機にさわんなコノヤロウバカヤロウ!!」
太鼓の音とともに犬人間を従えてやってきたのはとんでもなく人相の悪い日本人だった。な……なんかやばいの来た!!!と叫びそうになるのをなんとか堪える。やたらとばかやろうとかこのやろうだとか言ってるし、せっかく同じ日本人に出会えたというのに全く嬉しくない。泣きながら神輿を担ぐ犬たちの頭をべちんべちんと蹴っていた凶悪な顔の男はおそらくおじさんに向かって「むう!!外人!!鬼畜米英だコノヤロウ!!」と言いながら飛び降りた。
「なんだテメーコノヤロウ!!アメ公だったらブッとばすぞコノヤロウ!!」
日本人らしき青年がぎろりと睨むと、おじさんは私を横目でちらりと見た。「何て言ってるんだ?」とその目が訴えているような気がしたが、わかるようでわからないので小さく首を振った。すると私に気づいた青年が今度はこちらを睨んだのでびくりと体を震わせる。
「なんだテメー!!日本人みてーな恰好しやがってコノヤロウ!!」
「あ……いや、私は日本人ですけど」
「ああ!?日本人がなんでアメ公なんざと仲良く一緒に居やがんだよ!!」
「アメ……公ってなんですか?」
「どこの田舎もんだてめえ!アメリカ野郎に決まってんだろうがバカヤロウ!!」
……どうやらこの人には何を言っても怒鳴られるらしい。日本人同士なのに会話にならないなんて……これは想定していなかったと私は心の中で項垂れた。
※スキピオ氏のラテン語はグー〇ル先生に聞きました
※再翻訳はご遠慮ください(笑)