ささやくこゑはいかつちのごとく2

 。歳さんをよろしくね。

 うん、わかったよ、沖田さん。副長は危なっかしいからね。え?私もそうだって?違う違う。私は別に死に急いでるわけじゃない。ただ、死ぬときはあの人の側で死にたいと思ってるだけだよ。沖田さんだってそうでしょ?

 僕は一緒に行けないんだ。先に行って待ってるから、だから


 紙のように白い顔をした沖田さんが私の手をぎゅっと握りしめ、何度も何度も「歳さんをよろしくね」と念を押した。その約束通り私は副長を庇った末死んだわけだが如何して今更こんな夢を見るのだろうか。最後まで守りぬけなかったことを責められている様な気がして夢の中だというのに胸がずきりと痛んだ。私は副長の最後を知らないのだ。私のあとすぐに死んだのかもしれないし生きたまま戦が終わって新政府軍に捕らえられたのかもしれない。結末を知る術は今のところ持っていないけれど私のような「漂流者」が、私の後の時代の漂流者が現れればそれがただの伝文にすぎないとしても幾らかの誇張が含まれていたとしてもとりあえずは自分の参加した戦争の結果だけは知ることができるだろう。だけど私が知りたいのはそんなことではない。私はただ、ただ。

「オーイ、?」
「……あっ、ブッチさん」
「何ボケーっとしてんだよお前」
「いや、少し考え事を」
「飯も食ってないって聞いたんだけど」

 昨夜の夢に現れた沖田さんは一体私に何を言おうとしたのだろうとずっと考えていたらいつの間にか食事を取り損ねていたらしい。食欲がないわけではなくて単に食べ忘れていただけだったせいで「飯」という単語が出てきた途端に私の腹が空腹を訴えて騒ぎ始めた。それはブッチさんにも聞こえたみたいで「なんだよ、腹減ってんじゃん」と笑われてしまったので恥ずかしくなり窓の外へと視線を向ける。
 正確な日数はわからないけど、この変てこな世界に来てひと月くらい経った。その間に私が覚えたのは、ここが箱館ではなくオルテという国だということ。私のように別世界から来た人間は漂流者……ドリフターズと呼ばれていること。そして、十月機関の総大将があの陰陽師の安倍晴明ということだ。混乱していたとはいえ、どうして気付かなかったのだろう。無学な私ですら知っているくらい有名だというのに。この黒髪の異人さんも漂流者の一人で普段は相棒のキッドさんと十月機関の護衛だとか伝令役をしているらしい。漂流者というのは自分が思っていたより多いようで、ここから少し離れた場所に二名、そして私よりももっと前にこの世界へ飛ばされたというブッチさんたち二人が現在確認できている漂流者だという。他に未確認の人間が複数名いるようだが話が難しくてよくわからなかったので軽く流しておいた。もう昼餉の時刻は当の昔に過ぎているみたいだけどまだ何か残っているだろうかと心配しているとブッチさんの相棒、キッドさんが丁度よく現れ「飯貰って来たぞ、ほら」と言ってお盆を差し出した。

「ありがとうございます、キッドさん」
「ちゃんと食えよ?クノイチの姉ちゃん」
「……くノ一ではないです」
「ほらな!やっぱ違うっつってんだろ!なあ。お前はサムライだよな?」
「…いやサムライでもないんですけど」

 日本人は無条件で侍か忍者だと思われているのだろうかと複雑な心境で笑顔を引き攣らせるが、ブッチさんは部屋の隅に立てかけられた私の刀を目敏く見つけ「でも、これ、カタナだろ?俺知ってるぜ。サムライはみんな持ってるって聞いた」なんて自信満々に言うものだからなるほど、刀を持ってるから侍と思われていたのかと合点がいった。まあ異国の人間からすれば仕方のないことだよなあ、私だって異国の人間は全員金色の髪に青い目をしてると思っていた口だし。「刀を持っている人が全員侍というわけではないんですよ」と説明すると少し残念そうに「そうなのか」なんて呟かれてしまい若干の罪悪感に胸を刺されたが日本という国をこのまま誤解されてしまってはまずい気がする。好奇心旺盛なブッチさんが私の刀を興味津々な様子で色んな角度から眺めているのを横目に、キッドさんが運んでくれた昼餉を戴くことにした。私が以前食べていたものとは全く違う食材や味付けの数々に最初はあまり美味しいと思えなかったが人間というのはちゃんと環境に適応する能力が備わっているもので近頃ではこの変わった味の汁物にも舌が慣れてきたような気がする。

「失礼する」

 コンコンと扉を叩いたあと入って来たのは十月機関の総大将、安倍晴明だった。入室前に扉を叩くのは西洋では当たり前のようだけど私にとってはまだ慣れなくて一体どう反応するのが正解なのかわからなかった。「どうぞ」とか返事をした方がいいのだろうか?とも思ったが、彼は特に待つ様子もなく入室してくるからただの合図といった意味合いなのかもしれない。彼はこちらに来て長いのだろうか。日本では馴染みのない所作を違和感なくやりこなす晴明さんに対して私はまだ抵抗感が残っていた。

「具合はどうですか」
「おかげ様で、順調に回復してます」
「それは良かった。洗濯した着物を持ってきましたので、こちらに置いておきます」
「ありがとうございます……あの、」
「なんでしょう」
「廃城に調査に向かうと仰ってましたよね?私も同行させてもらえないかと……」
「それはできません。まだ、彼らが漂流者と決まったわけではありませんので」

 この世界に飛ばされた人間は二つに分かれるという。私たち『漂流者』と、『廃棄物』だ。『廃棄物』は『人ならざる悪しき者』であり私たち『漂流者』とは相容れない存在らしい。ここから少し離れた場所に二人現れた、とオルミーヌさんから聞いていたのだが『廃棄物』はよくわからない能力を使うというのでその人間たちがどちらか確定するまで会わせる事はできないと言われてしまった。こちらに飛ばされる基準もよくわからないようで、いつ誰がどの時代から来るのかは全く予想できないらしい。

「漂流者とわかれば、いずれ顔を合わせるでしょう。とにかくまずは傷を癒してください」
「……はい」

 もしかしたら、もしかしたらという僅かな期待が私の胸をどきどきさせる。早く確かめたくて仕方がないのだけど、怪我を引き合いに出されてしまっては何も言えず大人しく頷いた。そんな私を憐れに思ったのか定かではないがブッチさんが「晴明は心配性だな」なんて冗談めかして笑う。私はまだ廃棄物とやらに出会ったことはない。この十月機関の敷地からも出たことがないから当たり前といえば当たり前なのだが……。晴明さんは不思議な力を持っている人だ。私とオルミーヌさんやブッチさん、キッドさんとこうして普通に会話ができるのも陰陽師である彼の作ったお札の力で、私はその仕組みを全く知らないけどとにかくすごいということだけは確かだ。そのすごい力を持つ晴明さんが「危険」というのだから説得力があるなんてもんじゃない。私たち漂流者がここにたどり着いた理由について彼は「この世界を救うため」と云ったけれど果たして私みたいなただ戦うしか能のない人間が役に立つのだろうかという疑問が湧いた。

「おいブッチ!てめえそれの飯だろうが!」
「悪い悪い、腹減ってたからつい」
「……」

 人がちょっと考え事している間にブッチさんが食事を掻っ攫い口いっぱいに頬張っていた。これも文化の違いかなあと頭を抱えたい気持ちだったが横にいたキッドさんも大げさなため息を吐いていたのでこれは文化の違いではなく個人の問題だということに気付き生暖かい眼差しでそれを眺める。このひと月でブッチさん、キッドさんだけでなくオルミーヌさんの名前もきちんと言えるようになったけどまだまだ足りない。ブッチさんたちの行動に驚かされないようにするにはもっと時間が必要らしい。やっぱり安倍晴明ってすごい人なんだなあと思って後ろを振り返ると彼も口を半開きにして呆れた眼差しを向けていたので私はこのとき初めて晴明さんに仲間意識が芽生えたのだった。