ささやくこゑはいかつちのごとく1

「あ……起きた!」
「大師匠さま!目が覚めましたよ!」

 目を開けると数人に囲まれていた。まだ頭がぼーっとしている私を取り囲む若い男女は、見たことも無い奇妙な着物を着ていてそのことが私の頭を混乱させていた。

「日本語はわかりますか?」

 高い位置で髪を二つに結った金の髪の女性がゆっくりとそう喋った。こんなに日本語の達者な異人は初めてだ。彼女の言葉には妙な訛りもなく日本人そのもの、といった風だ。しかしこの日本において、日本語がわかるかなどというとんちのきいた質問を受けたのは初めてである。まさか自分が異人に見えるというわけではあるまいし……。質問の意図がわからず困惑しながら、こくりと頷いた。

「……勿論です。ここは日本ですよ」
「いえ、ここは……」
「ここは異世界」
「……異世界って、なんですか?」
「まあ、要するに、日本ではないということです」

 これまた奇妙な着物の男性が会話に割り込んできたが、ちょっと何を言っているのかわからない。ここが日本じゃないなんてそんな馬鹿な話があるものか。私は箱館にいたのだから。  ふざけたことを言うなと文句をつけるため起き上がると、わき腹に酷い痛みが走り今度は前に倒れそうになる。「大丈夫ですか?」と私の上半身を支えた金の髪の女が心配そうに顔を覗き込んだ。

「腹の弾丸は取り除きました」
「……ありがとう、ございます」
「私は安倍晴明と申します。名をお伺いしても?」
「……
殿。貴女はこの世界の『漂流物』だ」
「ど、どりふた……?」
「私共十月機関は貴女のような漂流物を集め、同じくこの世界に飛ばされた『廃棄物』と呼ばれる人間を倒すための活動をしています」
「は、あ」

 言っていることの半分も理解できず、生返事を返すことしかできない。十月機関?どりふたあず?えんず?とりあえず、日本語で説明してほしい。私の混乱などお構いなしに説明は続く。安倍晴明と名乗る男は、自身もそのどりふたあずであると同時に十月機関の大将であるという。

「どうか私たちに力を貸してほしい」
「そんなこと、急に言われても……」

 私が正直な感想を漏らすと、短くため息を吐いて隣に控えていた女性に何やら指示を出しはじめた。ずきずきと痛む腹を押さえて辺りを見回してもこの場所に関する手がかりはない。窓すらないこの小部屋は石造りの壁でできていて、なんだか牢屋を想像させるものだった。牢屋など入ったこともないのだけど、嫌に暗くてじっとり湿ったような空気はあまり気持ちの良いものではない。

「腹の傷が癒えるまでこのオルミーヌが世話をさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
「……お、おる……?すみません、もう一度お願いします」

 アメリカ語なのか、耳慣れない名前だ。一度で聞き取れなかった私におるみいぬさんが苦笑いを零した。
 男たちの去ったあと、長い髪を二つに結ったおるみいぬさんが私の部屋を別に用意してくれていると説明してくれて、このじめじめした空間に監禁でもされるのかと思っていた私はこっそり安堵する。それなら、一刻も早く移動したい。なんだかここに居たのでは治るものも治らなさそうだ。私は2日ほど眠っていたようで、腹の弾丸は取り除かれ傷口は縫われていた。その全部を十月機関の人がやってくれたらしい。一体何処で拾われたのだろう。意識を失くす直前まで居たのは紛れもなく戦地のど真ん中だった。死んだと思われ、捨て置かれたのだろうか。

「箱館は……旧幕府軍は、どうなりましたか」

 そのことを考えると一層傷が痛むような気がした。知りたいような知りたくないような複雑な感情だったけど、きっといずれ知ることだ。それに私は当事者として知っておく必要がある。旧幕府軍が、新撰組が、―――土方さんがどうなったかを。おるみいぬさんが申し訳なさそうに眉を下げたのできっと良い結末は迎えていないのだろう。……まあ、逆賊扱いだったから当然ではあるが。特に私たち新撰組は割と多方面に喧嘩を売っていたから相当恨まれているし、近藤局長亡き今、建前上新撰組の総大将となった土方さんが無事で済むことはあまり期待していなかった。

「す、すみません、私……さんの生きた世界を知らなくて」
「……へ?」
「あ、で、でもお師匠さまなら知っているかもですので!」
「……ここは、本当に日本ではないのですか?」
「ええ、そうです。ここはオルテ帝国」

 何度も何度も同じ質問をしている自覚はある。それでも嫌な顔もせず答えてくれるおるみいぬさんに申し訳なさを感じると同時にどこか親しみやすさを感じていた。強張っていた身体が緩むような感覚だ。私を安心させるみたいに優しく微笑むと、おるて帝国とやらについて説明してくれた。わからない言葉がたくさんでてきて正直あまり話についていけなかったが、簡単に言うとかなり大きな国らしい。

「私はどうして、異世界なんかに来てしまったのでしょう」
「それは……私にも、わかりません。大師匠さまが言うにはこの世界を救うため、と……」
「せかいを、すくう?」

 人ひとり救えなかった私に世界など救えるはずもない。私は唯、土方さんに生きていてほしかっただけなのだ。世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。最後に見た副長の姿を思い出して唇を噛み締めると、おるみいぬさんは不思議そうに首を傾げた。