最近兵長が冷たい。ような気がする。

「リヴァイ兵長、備品についてなんですけど……」
「そんなもの、ほかのやつに聞け」
「……あ、はい……」

 用事があって話しかけても、こちらを見ることもなく突き放されてしまう。きっと忙しいだけだろうと自分に言い聞かせてはみるものの、そういうのが積み重なればやっぱり傷つく。兵長の塩対応なんて今更だしそもそも私以外にもそうだった。目つきも口も悪いので誤解されがちだが、本当は律儀で優しい人だ。塩対応なりに、最初からただ相手を拒絶するのではなくてきちんと話を聞いたうえで全否定してくる。そんな人だ。なのに今の兵長は以前と違う気がする。もしもそれに理由があるとするなら――きっと私は彼に嫌われてしまったのだろう。

「……私、なにかやらかしちゃったのかなあ」
のやらかしは今に始まったことじゃないからな」
「ちょっと!そこは慰めるところでしょ!!」

 食堂でばったり出くわした同期のモブリットに打ち明けてみるが、傷口に塩をすりこまれる結果に終わった。たしかに空気読めってよくしかられるけども!こんな時くらいちょっとくらい寄り添ってくれてもよくないかい?

「そうは言っても……がなにか地雷でも踏んだってのが妥当な線だと思うけど」
「やっぱり?でも全然心当たりない……」
「いっそ直接聞いてみれば」
「……絶対無理」
「だよな。俺も無理」
「じゃあ提案しないでよ」
「お前の空気読めなさならいけるかなって」
「だから、傷口を抉るなってば」

 はあ、とため息を吐いていると、食堂の入り口にリヴァイ兵士長が姿を現した。が、私と目が合った途端Uターンして食堂を出て行った。うわあ露骨……。マジでへこむ。でも、理由がわからないのはモヤモヤする。……よし。

「決めた!直接聞いてくる!」

 急に立ち上がったのでモブリットは一瞬びくっと肩を揺らしたが、数秒遅れて「お、おお……がんばれ」と全然心のこもっていないエールを送ってきた。私はすぐに食器を下げて兵長の後を追う。といっても案外足の速い兵長はすでに行方不明状態だ。しかし鉄は熱いうちに打てとばかり、私は兵長の行きそうなところを手あたり次第周っていく。で、最終的には兵長の個室まで来てしまった。上官の個室なんてハンジさんのところくらいしか訪問したことがない私はいっちょ前に緊張していた。バクバクとうるさい心臓の音は聞かないことにして、気合を入れるために両頬をパチンと叩いてから扉をノックする。

「誰だ」

 中から兵長のくぐもった返事がした。

です」
「……何の用だ」
「聞きたいことがあるんです……その、少しだけお時間頂けませんか」
「後にしろ、俺は忙しい」

 取り付く島もない兵長の言葉に心がくじけそうになる。いやいや、このまま一生モヤモヤを抱えて生きていくくらいなら、当たって砕けてしまおう。室内に入るのを諦めた私は、ドアの前で勝手に話すことにした。

「……兵長が、私をお嫌いなのはわかってます。でも、理由がわからないんです。教えてくれませんか。それだけ聞いたら、私……っ」

 ドアに手をついて独り言のように喋っていたら突如ドアが開いて兵長が私を睨んだ。相変わらず迫力がすごい。

「……入れ」
「え、いいんですか」
「いいから、早くしろ」

 てっきり煩い帰れとでも言われるかと思っていたので思わず聞き返したが、不機嫌MAXなドス声で促されて慌てて部屋へ入った。兵長の部屋はシンプル・オブ・シンプル。小さな机と椅子に、一人がけのソファが2つ。部屋の隅にはチェストが一つ置いてあった。きれい好きの兵長のことだから、きっと掃除のしやすさとかそういったのを重視しているのだろう。物が多くてごちゃついている私の部屋とは対極に位置するようなタイプだった。兵長に顎で示されて、私はおずおずとソファへ腰かける。

「俺の聞き間違いじゃなければ、俺がお前を嫌いな理由が知りたいだとか言っていたようだが」
「……あ、はい……」
「なぜそう思った?」
「え、えーと……リヴァイ兵長が、最近私と目を合わせてくれないし、話しかけてもあしらわれちゃう、ので……」

 尻すぼみになった私の台詞は部屋に吸い込まれ、後にはどよんと重い空気だけが残された。きまずい、きまずすぎる……心なしか兵長の眼力もいつもより3割増しくらいにパワーアップしている気がする。兵長自身は窓を背に立っていて私の一挙手一投足を少しも逃すまいと監視しているようだった。こ、こえええ~~!巨人と戦う時と同じくらい怖い。兵長を直視できず足元のあたりに視線を落としていたが、視線が痛すぎて顔が上げられないというのも正直なところだった。もしかして、私、スパイか何かだと思われてる?だとしたら避けられているのもなんとなく説明がつくのだけど。

「お前は俺をイラつかせる」

 静寂をぶち破ったその台詞に思わず胸がずきりと痛む。ああ、やっぱり嫌われてるんだ。わかっていたはずなのに、本人から直接告げられると余計に悲しくて柄にもなく泣きそうになった。

「……ごめん、なさい」
「それはなにに対してだ?」
「……リヴァイ兵長に、不愉快な思いをさせて……」
「お前、自分のなにが俺をイラつかせてるのか、わかってないだろう」
「はい……」
「理由もわからないのに謝っても火に油を注ぐだけだ」
「じゃあ、教えてください。私……直しますから。直す努力、しますから」

 涙目で訴えても、リヴァイ兵長は怒りのオーラを纏ったまま動かない。自分で気づけってことなのだろうか。だとしたら激ニブな自分にはきっと難しいだろう。私はこの先も兵長に嫌われたままだ。全人類に好かれようだなんてそんな高望みをしているわけじゃないけど。せめて一緒に戦う仲間には嫌われたくないって思うことは普通の感覚だ。それも叶わないというのか。

「教えてやるよ、

 ようやく兵長が口を開いたので、私は思わず背筋を伸ばした。

「お前がほかの男と話してると、無性に腹が立つ」
「…………は?」
「他のやつらにはへらへらしてる癖に、俺の前では借りてきた猫みてぇになるのも気に食わねえ」
「……ええ、と?」
「お前みたいなクソ煩え女に惚れたなんて、俺はどうかしてる……」

 な、なんか思ってたのと違う―――!!

「いや褒めるか貶すかどっちかにしてください」
「これが褒めてるように聞こえるなら、今すぐ医者に行ってこい」
「えーーーいやいやいや待ってください、兵長が?私を??なにそれありえない!」
「黙れ、クソ女……」

 この人、ほんとに私に惚れてんのか?と思うくらい、シンプルに口が悪い。ていうか意外すぎて全然現実味がないのだけれど、なにかの罰ゲームで言わされてるとかそういうのではないのだろうか。たとえば、ハンジさんに無理やり飲まされた怪しげな薬で思っていることと逆の言葉が出てくるとか……。あ、ありえる……。だってブチ切れながら言う台詞じゃないですよね、それ。 私が余計な事を考えている隙に、兵長は私の正面に立ってソファの背もたれに両手を付いた。世界一怖い壁ドン……ならぬ、ソファドンである。これがおとぎ話に出てくるようなイケメンの王子様だったなら年甲斐もなく思わずキュンときたかもしれないが、残念ながら相手は人類最強の兵士だ。それも悪人面の。死亡フラグにしか思えなくて、キュンとかそんな生ぬるいもんじゃなく恐怖で心臓が早鐘を打っていた。

「りっ、リヴァイ兵長、あああの、落ち着いて、」
「俺はいつも冷静だ……お前と違ってな」
「さっきまでブチ切れてた人の台詞とは思えない」
「うるせえ……切れさせたのはてめぇだろうが。責任取れ」

 悪人面、もとい、リヴァイ兵長の顔がどんどん近づいてくる。もしかしなくても唇を奪われそうな気配を察知して、私は目を白黒させた。そりゃ、私だってもう子供じゃないし、ファーストキスというわけでもないけど、ちょっと急展開すぎやしませんか!とつっこみたかったのに言葉は出てこない。もうだめだ――ぎゅっと目を瞑ると、耳元で「されると思ったか?」と囁かれた。ギシ、と音がして、目の前が明るくなるのを感じた私はそっと目を開ける。相変わらず兵長の距離は近いが、さきほどのような身の危険を感じるほどではない。

「無理やりってのも悪くないが……エルヴィンたちにバレるのも面倒だ」
「へ、へいちょお~!」
「だが、これから覚悟しておけよ」
「えっ」
「こう見えて俺はしつこいからな……」

 兵長はどう見てもネチネチしてそうですけどね!とか言い返したらまた悪人面が迫ってきそうだったので私は素直にコクコクと頷いておくことにした。そしてきっと今日から受難の日々が始まるのだ。


燃えさかる心臓に凍えたナイフが突き刺さる: :Raincoat.
2025/09/21