「あ~結婚したいな~」
「その前に相手が居ないでしょ」

 寺田さんお決まりの台詞に私もお決まりの返事を返す。このやり取りが私の胸をちくりと刺すだなんて、彼は知らないのだろう。想像もしないだろう。何度聞かされたのかなど数えきれない。私の心臓はもう穴だらけだ。

「やっぱ結婚相談所に電話してみた方がいいかなあ。ね、どう思う?ちゃん」
「その方がいいんじゃない?どうせ寺田さん、自分から声なんてかけられないでしょ?」
「自分からなんて、そんなの絶対ムリだよ~!……やっぱ電話してみる!」
「寺田さんは積極性が足りないだけでもとは良いんだけどなあ」
「え?なにか言った?」
「なんでもなーい!」

 ビン底眼鏡の素顔がさわやかなのを知っている。コンタクトにすれば?とアドバイスなんかして本当にそれで彼女ができてしまったら、私はきっと一生立ち直れないほど落ち込むだろう。性格だって申し分ない。自己肯定感低いし、ちょっと頼りなくてむっつりなところはあるけれど、素直で優しい長所で十分カバーできる。寺田さんに足りないのはきっと自信だ。だからこうして結婚相談所に行こうとしているのは、彼にとってとても大きな一歩だろう。タウ〇ページをぱらぱらとめくりながら「結婚相談所、結婚相談所……」と呟く寺田さんを私は頬杖ついて見守る。

「あ、でも……僕の好みのタイプ、ちゃんと聞いてくれるかな……」
「なに選り好みしようとしてんの?本気で結婚したいなら贅沢言わないでさっさと電話しなよ」
「……なんか今日のちゃん、いつもより厳しくない?」
「気のせい気のせい」

 私は自分で自分を破滅へと追いやっている。なんと滑稽なことだろう。自嘲することはできても、素直になることはできなかった。そうしている間に私はこの相談相手というポジションをほしいままにしてしまったのである。寺田さんは疑いもせず私へ弱音を吐き、愚痴を零し、最後には少しだけ前向きになって帰っていく。私が居るのに。本音は私の中で燻ったまま、燃えることすら許されなくなってしまった。

ちゃん、いつもありがとう。そうだ、今度ダブルデートでもしない?」
「企画倒れになる未来しか見えないから相手見つけてから誘ってよ……」
「僕はともかく、ちゃんならすぐに良い相手が見つかるよ」
「……でも私に彼氏ができちゃったら、寺田さんと二人っきりで会えなくなるでしょ」
「え……」
「そうしたら寺田さんが情けな~く泣きついてくるところ、見られなくなっちゃうから」
「ひ、酷い……」

 嘘嘘、と寺田さんの震える背中をぽんぽんと叩いて慰める。寺田さんの前に広げられたタ〇ンページを取り上げて、私は蛍光ペンで結婚相談所の番号へ線を引いた。気にしたことなかったけど、案外数が多い。これだけあれば、寺田さんでも一人くらいいい人が見つかるだろう。

「はい、しるしつけておいたから。あ、でもちゃんと評判とか調べた方がいいよ?入会金とかもあるし」
「……ありがとう」
「お礼を言うのは相手を見つけてからでいいよ」

 さっそく調べてみる、と寺田さんはご機嫌で帰っていった。彼が居なくなった途端に私の周囲は色をなくす。春のように温かく鮮やかだと思っていた空間は一瞬で光の届かない廃墟のようなモノクロに変わった。私も人のことなんて言えない。たった二文字の言葉を言うだけの勇気が私にはないのだから。

「気付け、バカ野郎」

 誰も居ないその空間に、私の声が響いて消える。アウトオブ眼中ってこういう事なのね。私は目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭った。

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