調査兵団が変人の集まりだと言われ始めたのはいつからだろうか。私の記憶が正しければエルヴィンさんが団長になったあたりだったと思う。ちなみに私は断じてそのカテゴリーには入っていない。多分。というのも周りのキャラが濃すぎて比較対象にもならないと思うのだ。その中でトップと言っても過言ではないのが私の上司であるハンジ・ゾエ分隊長だった。彼女の奇行ともいえる数々の行いは調査兵団だけでなく駐屯兵団や憲兵団にまで知れ渡っているようで、分隊長の名前を出すと「ああ、あの変人か」みたいな顔をされる。自分の事ではなくても一応上司なのでそれなりにむっとするのだが否定できないのが悲しいところだ。そんな悪い方向に有名人なハンジ分隊長の副官という名のお世話係を務めているのが、私ともう一人、よくモブに間違えられるモブリットさんだ。
「誰がモブだ誰が」
「ちょっ、モブさん心の声読まないでください」
「モブさん言うな!ていうか、お前、全部声に出てるからな」
「でも、どこも間違ってないと思うのですが」
「間違っちゃいないけど悪意しか感じない」
「それはモブさんの心が汚れているせいでは……」
「お前に言われたくない」
「……モブリットさんて結構毒舌ですよね」
私傷つきましたと顔を覆って見せたがしれっと「自業自得」と言われてしまった。ハンジ班に配属された当初はすごく爽やかに「困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」と言われてなんて良いお兄さんなのと思ってたのだが、時が経つにつれて私への言動が適当になってきているのは絶対に気のせいじゃないと思う。私のときめきを返せ。前向きに考えてこれは打ち解けてくれてると取ればいいのか蔑ろにされてるだけなのか解釈に悩むところなのだが、内心それでも別にいいかなと思ってしまっている自分がいる。彼は長いことハンジ分隊長の副官として活躍していると聞いているから、そりゃあの分隊長の下にいれば気苦労は絶えないだろうし私との会話でストレス発散してくれてるならちょっと嬉しかったりもするのだ。自分もハンジ班に入って初めて分隊長の「奇行」を目の当たりにした時はドン引きしたものだが、それを毎日毎日何年も相手にしているモブリットさんの胃が心配になっていた。だからわざとこうやってからかってみたりして場を和ませようとしているのだが、これが逆効果でないことを祈るばかりだ。
「入った頃はもっと大人しい子だと思ってたんだけどなあ」
「……それは私の事ですか?」
「以外居ないだろ」
「モブリットさんて人を見る目がないですね」
「……お前も十分毒舌じゃないか」
「いやいやモブさんには敵いませんよ」
「全然これっぽっちも嬉しくないんだが」
「それよりハンジさんはちゃんとお休みになられたんですか?」
「……さっきやっと風呂に入れたとこだよ」
それを聞いて一安心、とばかりにちぎったパンを口に放り込む。研究に熱心なのはいいのだが、自分自身のことが疎かになってしまうハンジさんには困ったものだ。私たちでお風呂に強制連行し、書類を押しのけて食事を目の前に置き、無理矢理ベッドにぶち込まなければ3日くらい不眠不休で机に噛り付いてることだってある。目の前で具のないスープを啜るモブリットさんのため息が聞こえたので「幸せが逃げますよー」と言ってみたらまたため息を吐かれた。え?何それ。
「モブリットさんも心労で倒れないようにしてくださいね」
「……あんたが言うか」
「どういう意味ですかそれー!」
「言っとくけど、も十分変人だからな」
「いやいや私なんかハンジさんの足元にも及びませんて」
「及んでもらっちゃ困るんだよ、俺が」
「少しでも場の雰囲気を盛り上げようとしているだけなのに」
「嘘つけ!絶対なにも考えてないだろ!」
「そ、そんなこと、ない……です……よ?」
何やら痛い子を見るような目で失笑され今度こそ本当に傷ついた私を他所に「そろそろ分隊長が風呂から上がるころだな」と席を立ったので、一緒にハンジさんのところへ向かうことにした。ハンジさんは3回に1回はまともに身体を洗いもせず1分で上がってくることがあるので見張りを置くことも少なくない。もちろん見張り役は主に私やモブリットさんである。他の団員はなんやかんやでハンジさんに手加減してしまうからである。いつだったか見張り中のモブリットさんが入口で仁王立ちしているのを見たことがあった。それはもうすごい形相で。普段人畜無害そうな顔してるくせに鬼だなと思ったがそうさせてるのは分隊長の自業自得な感しかしないので口には出さなかった。その鬼軍曹曰く、今回も暫く見張っていたが数十分経っても脱走の気配がなかったのでおそらく大丈夫だろうとのことだ。
「ほんとに調査兵団て大変ですね、主に分隊長のお世話で」
「まあ……や、やりがいはあるから」
「とんだブラック企業ですね」
「今更だな……」
「調査兵団に入った時点で社畜決定ですもんね。あ、でも私、ハンジ班に入ってちょっと痩せましたよ」
「は?まじで?」
「激痩せとはいいませんが。来年の新兵獲得合戦ではこれをアピールポイントにするのはどうでしょう」
「逆効果だと思う……それよりこそ気を付けろよ、あんた一応女の子なんだから」
「…………」
「どうした?」
「その突然の女の子扱いは何なんですか!」
不意打ちを食らって火照る顔を隠しながらやめてくださいよと喚く。一応は余計だったがこの人ちゃんとそういう意識あったんだと思うと急に恥ずかしくなってきた。兵士に男女は関係ないと思って今までやってきたのに、そうやって言われると意識してしまうじゃないですか。言った本人は私がどうして照れてるのかわからないみたいで不思議そうに首を傾げているのがさらに羞恥心を煽った。
「ごめん正直そんな照れると思わなかった」
「女の子扱いには慣れてないのでやめてください」
「え?いやそれは無理だと」
「何でですかー!私のこともハンジさんみたいに性別不詳だと思ってください!」
「いやでもは明らかに女の子だろ、小さいし可愛……」
「……」
「……」
「……なんて?」
「……なんでもない」
「もう一回言ってください!特に最後のほう!」
「うるさいっ、早く行くぞ!」
女の子扱いするなと言っておきながら嬉しくてにやついてしまう自分を現金なやつだと思っていたらにやにやすんなとでこぴんを食らってしまったが、攻撃した本人の顔が赤くなっていたのをばっちり見てしまったので今度はこれでからかうことにしよう。
鬼灯にくちづけを::ハイネケンの顛末