ろくでもなくすばらしい世界に眠れ9
「ところで曽良さん、世間一般の恋人ってどんなことをして過ごすんですか?」
「さあ、僕に聞かれても」
「そんな殺生な……」
「今まで通りじゃ不満ですか」
「いや不満とかじゃないんですけど雑誌に恋人とあんなことやこんなことしましたっていう読者投稿があって……あ、やっぱ今のナシで、取り消しますんで肩に手置くのやめてください」
「……お望みなら今すぐにでもしてあげますよ」
「私は別に望んでないんですけど……」
顔を赤らめながら言われても全く説得力がないのだが言いたいことは何となくわかった。つまり僕がこれからどうしたいのかを知りたかったのだろう。どうしたいのかと言われれば今すぐあんなことやそんなことしたいのは山々だったが耐性のなさそうなさんにいきなりそんなことをするのは流石の僕でも良心が痛んだ。これはかなり忍耐力が要りそうだとこのとき初めて気付いたのだったが不思議とまあ今はそれでもいいかという気持ちになっていることに我ながら驚いていた。自分で「可愛げがない」といっていたさんだったが今現在布団の上にちょこんと座って僕の気持ちに応えようとしている姿は十分可愛いらしく、確実に僕の琴線に触れている。
「そのうちわかってくるものなんじゃないですか」
「はあ、」
「さんは何かしたいことはないんですか」
「うーん……したいことと言ったらお出かけですけど」
「捻挫した足で?」
「うっ……」
「まったく……段差でつまずいて捻挫って。芭蕉さんじゃあるまいし」
「し、仕方ないじゃないですか!あそこに段差があったのが悪いんですよ」
「いいから早く治しなさい」
「ううう、じゃあ治ったらまた芭蕉さんのお家に」
「だからどうしてよりにもよって芭蕉さんの家なんです」
だめだこの人早くなんとかしないと。本人に悪気はないらしくきょとんと首を傾げていたので思わずため息が零れた。余裕たっぷりに苛め倒すはずだったのに「この間遊びに行ったときすごく楽しかったから」と無邪気に笑われてしまうと、そんなに楽しかったならまた連れて行ってあげようかと恋人というかもう父親かなにかのような考えが頭を過ぎる。もしかしたら彼女に惚れてしまった時点で僕の負けなのかもしれない。ただし人の性格というのはそう簡単に変わるものではなく、それでもやはり主導権は自分が持っていたいという変な意地があった僕はおもむろにさんの頬へ手を添えた。あっという間に朱に染まり目を激しく泳がせる様子はやっぱり見てて飽きない。この前は風邪を引いていたが今回は手加減する必要もないので、面白いようにしどろもどろになる彼女に恋人らしいことがしたいなら早く慣れてくださいと囁いてやる。さんはう、とかあ、とか言葉にならない言葉を言うばかりだ。こんな可愛い姿は誰にも見せたくないなという独占欲がゆっくり確実に僕を侵食していくのを感じる。僕に惚れられた時点で、さんの負けだ。観念してください。