ろくでもなくすばらしい世界に眠れ1
※苗字は固定です
※病弱夢主
「知り合いのお家の娘さんが話し相手を探してるんだって」
「そうですか」
「曽良くんちょっと会ってみてくれない?」
「……どうして僕が行かなきゃいけないんです」
「いやあ実は誰か紹介してくれって言われて曽良くんの話したら気に入られちゃったみたいで……いった!!痛い!やめて!内臓的なものがでちゃうから!」
「何故勝手に話を進めるんですか」
「年も近いらしいから是非にって言われちゃってね……」
「……仕方ないですね」
「えっ!?行ってくれるの!?」
「その代り芭蕉さんには僕の断罪の練習に付き合ってもらいますから」
「ええ!?嫌だよ!それ本番食らうのどうせ私なんでしょ!!?」
「芭蕉さん以外に誰が居るんです?」
芭蕉さんの押しの弱さには困ったものだなと苛々しながら向かう僕の足取りはおもりが付いたように重い。僕が会話苦手だって知ってるくせにどうしてこんなことになってしまうんだ。年が近いといってもあちらは娘さんらしいから話が合うかどうかすらわからない。仮にも師匠の頼みだからとりあえず一回だけ行くことにしよう。向こうが断ってくれるよう仕向ければいい。僕は他人の暇つぶしにつきあうほどお人よしではない。着いた屋敷は圧倒されてしまうくらい立派なもので、芭蕉庵との落差に眩暈を覚えた。一体芭蕉さんとはどういった関係なのだろう。そんなささやかな疑問を浮かべながら、僕は玄関の奥に向かってごめんくださいと声をかける。すぐに奥から初老の男性が姿を現した。
「ああ、河合様ですねお待ちしておりました」
「お邪魔します」
「私はお嬢様のお世話をしております杉山と申します」
「どうも」
「お嬢様は生まれつきとても病弱でして、一日の大半を室内で過ごしております。どうか外の世界のお話を聞かせてあげてください」
「そんな大層な話はできないと思いますが」
「いいんですよ、些細なことでも」
「……そんなにお体が弱いんですか?」
「ええ、まあ……私からは何とも……」
広い廊下を通って屋敷の奥へ進んでいくとやがて突き当りになった。その部屋の前で「こちらがお嬢様のお部屋になります、どうかよろしくお願い致します」と最後まで丁寧に深々頭を下げ、杉山さんは去ってしまう。僕は暫くの間その襖を意味もなくじっと見つめてから声をかけた。……数秒待っても応答がなくもう一度今度はさっきより大きな声で声をかけるが、やはり反応はない。寝ているのか?しかし、病弱というワードが引っかかり一応無事を確認した方がいいのだろうかと思った僕は失礼しますと言ってから扉を開けた。質素な内装の部屋に敷かれた布団はもぬけの殻だった。室内に隠れられそうな場所はない。一体どこへ行ってしまったのだろう。外に繋がる障子が全開になっていることに気づき、ふとそちらに目を向ける。その先にはびっくりしたように目を見開いたままおかしな体勢で固まっている女の子を見つけた。まさかこの子が病弱なお嬢様じゃないよなと僕は眉間に皺を寄せた。
「ど、どちら様で……?」
「河合曽良と申します。本日こちらへ伺うことになってたと思いますが」
「あ、あれ?もうそんな時間ですか」
「……失礼ですがそちらで何を?」
「えっ?いやあ、はは、つまんないことですよ気にしないでください」
しっかり火鉢を抱えているのにバレバレなごまかし方をしている少女は「ちょっとお待ちください」とその火鉢を部屋の中に運び込んだ。足元には餅らしき物体があったが僕が来たことで諦めたようだ。やはり良く考えなくてもこの子が「病弱なお嬢様」らしい。確かに肌は透き通るように白くむしろ青白いといってもいいくらいだし手足も細くか弱い印象は受けるが杉山さんの言っていたように大半を室内ですごしているようには見えない、明らかに元気そうだった。少なくとも今この瞬間は。こっそり火鉢持ってきてお餅焼こうとしてたでしょう、と芭蕉さんと同じノリでつっこみたくなるもう一人の自分を必死で抑え込んだ。
「一応確認しますが、貴女が杉山さんの言ってたお嬢様ですか?」
「あ、そうですそうです。河合です」
「……貴女も河合さんと仰るのですか」
「あれ?芭蕉さんから聞いてませんでしたか?」
「ええ、知りませんでした」
「まあそれはどうでもいいんですけど……あ、河合さんお餅食べます?」
「……ややこしいので曽良で結構ですよ……僕は病弱なお嬢様と伺ってたんですが、随分元気そうですね」
「え、杉山さんそんなこと言ってたの?いやまあ、確かに普通の人と比べたら少しだけ虚弱体質ですけどね。でも今日は体調が良いので外の空気を吸おうかと思って」
悪びれもせず「ずっと室内に籠ってたらそれこそ体に悪いですからね」とからから笑うのは強がっているだけなのかもしれないが、病弱というから勝手に大人しい女性なのだろうと思っていた僕は拍子抜けしてしまった。いそいそと火鉢の準備を再開させたところを見ると僕を巻き込んで共犯にするつもりか、お客様に振舞うという名目で餅にありつこうとしているようにしか見えない。
「本当に虚弱体質なんですか?」
「そうですよ~。すぐ風邪引くし体力なくて旅行どころか近所を散歩するのもしんどかったりしますし。あと胃腸が弱かったり……」
「ああもう結構です、よくわかりました」
「……信じてないでしょう?」
「そんなことありません」
「虚弱体質は本当ですけど、体調が良い日も結構多いのに親も杉山さんも心配しすぎなんですよ」
「今日はご両親はいらっしゃらないんですか?」
「家に居ますよ。ここは別荘みたいな?」
「そうでしたか」
「曽良さん、私の話し相手してくれって頼まれたんでしょう?」
「ええ、そうですが」
「断ってくれていいですからね」
「……は?」
「私みたいな世間知らずの相手なんて退屈なだけだと思いますから。そりゃ、外の話いろいろ聞かせてもらえるのは私にとっては有難いけど……そのせいで曽良さんの貴重な時間を潰しちゃうのは申し訳ないし」
寂しそうに笑うさんにさっきまでの元気はなく、本当に同じ人だろうかと疑ってしまうくらいの変わり様だった。逆にこちらの調子が悪くなってしまいそうだとらしくもなく呆気にとられてしまっている僕に「はい焼けましたよ~」と先ほどの調子に戻っていたさんが美味しそうに焼けた餅を差し出した。今のは幻だったのかと思う程変わり身が早い。
「さんは外の世界のことを知りたくないんですか?」
「知りたいに決まってるじゃないですか!世間の人が色んな楽しい事とか面白い事を知ってるのに、私だけ何も知らないまま死んでいくなんて悔しいですからね」
「……」
「この世には2種類の人間しか居ないんですよ。なんだと思います?強い人間と弱い人間です。私は後者だから友達ときゃっきゃすることもできずこうやって狭い部屋の中で外の世界を想像することしかできないんです。同じくらいの年ごろの子たちと比べて、私は半分も物を知らないかもしれないんですよ。理不尽だと思いませんか?」
「それなら、僕でよければお相手しますよ」
「……い、いいの?」
「そのつもりで来たんですが?」
頬を紅潮させ「ありがとう」と言うさんはどうみても年が近いとは思えなかったが、これは当分退屈しないかもしれないと笑いを堪えた。