「せ、潜入……!!?」
肋角に呼び出されたは任務内容を聞いてついオウム返しをしてしまった。潜入先は某遊園地内にあるお化け屋敷だった。そこに人間を襲う亡者がいるらしい。
「……それは普通の任務となにが違うんですか」
田噛が怪訝な顔で質問する。たしかに、とも首を縦に振った。
「狙われるのは決まって男女一組の時だそうだ」
「……男女一組……」
「……………………つまり、こいつと人間の恋人の真似事をしろってことですか」
「まあ、身も蓋もない言い方をすればそういうことだ」
ええ……とがうっかり嫌そうな顔で隣の田噛を見上げたら、向こうも眉間に皺を寄せて口を歪めていた。誰も得しない人選だとは思ったが肋角はそうでもないらしい。
「抹本さんとかが良かった……」
「抹本はこういう実地任務には不慣れだからな」
「俺もお前みたいなやかましいやつ願い下げだ」
「……まあ、そう言うな田噛。あいにく他のやつらは出払っているんだ」
肋角にそう言われてしまって断れる獄卒はこの特務室には存在しない。結局二人は思い切り嫌そうな顔をしながらも任務を引き受けた。向かうのは現世の遊園地である。
「……最悪だ」
「それはこっちの台詞ですー!!田噛さんみたいな口悪い男となんて、ただの拷問ですよ」
「あぁ?じゃあ佐疫なら満足かよ」
「佐疫さんは門限厳しそうだからそれはそれで」
「えり好みしてんじゃねえよ」
「それは田噛さんも同じでしょー!すいませんね!あやこさんみたいなおしとやかなタイプじゃなくて!」
「……なんでそこであやこが出てくるんだよ」
「だって、人のことやかましいって言うから」
「事実だろ」
「…………否定はしませんけどっ……!」
喧嘩しながらも二人で並んで目的地に到着するが、人はまばらだ。その遊園地は地方の山の中にあり、敷地はかなり広いもののどの施設もガタがきているように見える。入ってすぐにあるジェットコースターはキイキイと嫌な音を立てながら傾斜を上がっていくので、別の意味で恐怖を感じた。件のお化け屋敷は一番奥にあるらしい。園内マップでその位置を確認していたの視線はいつの間にか食べ物のラインナップに吸い寄せられていった。
「田噛さん田噛さん!ポップコーンあるらしいですよ、ポップコーン!!」
「お前、出る前に飯食ってただろ」
「ポップコーンはおやつなので別腹です」
「太るぞ」
「うっ……だ、大丈夫です、鍛錬とかしてそれなりに動いてるので!たぶん!」
「つーか、そんなもん食べる暇があるなら早く終わらせろ。俺はだるい。帰りたい」
「えーーーー!せっかく来たのに……」
「遊びに来たんじゃねえんだぞ」
「わ、わかってますけど……」
いつになく引かないので、あしらうのが面倒になった田噛は大げさにため息を吐いて「仕方ねえな」と呟いた。これでは本当に子守りだと内心呆れ果てたが、一瞬で機嫌の直ったはそんな心情も知らず田噛の手を取って飛び跳ねる勢いでポップコーンの売店目掛けて走り始めた。
「キャラメルと塩、どっちが良いと思います?」
「……どうせどっちも食べるんだろ。面倒だから両方買っとけよ」
「やっぱそう思います~?じゃあキャラメルと塩1つずつで!」
大きな円錐の紙の容器に入れられた2つのポップコーンを受け取ると、は片方を田噛に手渡した。……食っていいのか?と逡巡したが、まあ文句を言われても持たせてきたが悪いときれいに責任転嫁し、ひとつ掴んで口へ放り込む。……甘い。別に甘い物が嫌いなわけではない田噛だが今はそういう気分ではなかったのでが持っているもう一つの方、塩味のポップコーンを横からいくつか掴んで口に入れた。
「あっ!!!!」
「……なんだよ、別にいいだろ」
「だめとは言ってませんけど」
「めんどくせえやつだな」
「はいはい、すみませんねー」
などと口喧嘩しているうちに本来の目的であるお化け屋敷にたどり着いた。古典的な、歩いて回るタイプのお化け屋敷らしい。おどろおどろしい外観にそぐわず、受付にいるおじさんがのんびりと客を捌いている。案外客入りも良さそうだが、明らかに「いる」気配があった。
「まあ、とりあえずポップコーン食べ終わってからにしましょう」
「喉乾いた」
「塩味ばっかり食べるから」
「そういう問題か?」
「あそこに自販機ありますよ」
「……買ってくるからお前、ここから動くなよ」
「あっ私コーラが良いです」
「ふざけんな」
捨て台詞を残して自販機へ向かう田噛を見送ってから、はお化け屋敷に視線を戻す。男女一組の時を狙うということは……なんか恋人に振られたとか色恋に関しての恨みを持った亡者がいるのだろうか。それとも、モテない男の妬み?うーん……と悩みながらも手を止めずポップコーンを食べ続けるのもとに缶ジュースを携えた田噛が帰還した。
「……もうほとんど残ってねえ」
「いや、早く食べて仕事終わらせようかと思って」
「そう思うなら仕事終わってから買えよ」
「まあまあ、買ってしまったものは仕方ないので」
「……ほら、コーラ買ってきてやったぞ」
「え!!!!うそ!?!?ほんとに?」
「……なんだよ、その反応」
「た……田噛さん、本物ですよね?もしかして亡者が乗り移ってるとか?」
「そろそろ殴るぞ」
残りの小さいポップコーンを分け合って完食すると、ようやく二人は立ち上がった。なんだか時間を無駄にしたような気がしないでもない田噛はさっさと終わらせて帰って寝ようと心に決める。
受付に行ってが「大人2人で!」と告げるとおじさんがはいはい、とチケットをもぎった。そして順番が来るとギイイイイと大げさな音(録音)を立てて扉が開く。
「足元気を付けてください。いってらっしゃい」
おじさんがのんびり言ってから扉がゆっくり閉まる。中はぼんやりと赤く光っていて、壁に貼ってある無機質な順路案内以外は「いかにも」な内装だった。さて亡者はどこに……と探しながら二人は進んでいく。途中でお約束のお岩さんや生首、生きている人間が扮した落ち武者などが現れたが地獄の住人であると田噛には効果ゼロである。は「わ~!すごーい!結構本格的ですね!」などとお化け屋敷のリアクションとは思えないほど元気にはしゃいでいるし、田噛に至っては完全に虚無である。これでは相手も脅かし甲斐がないだろうと田噛は内心静かに同情した。
結局亡者と遭遇しないまま出口にたどり着いてしまい、二人は顔を見合わせた。が、突然田噛の背筋にぞくりと冷える感覚が走る。なんだ?と思っていると目の前にぼんやりと亡者の影が現れた。
「あれ?入れないな……くそ」
「……も、」
「ん?」
「もうじむあっ」
「うるせえ」
が思わず叫びだそうとしたがすんでのところで田噛に口を塞がれて未遂に終わる。こんなところで騒ぎなんてたまったもんじゃない。
「……俺のことが見えてるのか?」
「あー……見えてる見えてる」
「なんかその言い方だと見えてない風に聞こえますけど」
「お前が人間を襲う亡者か」
「……だったら?」
「大人しく成仏しろ」
「やなこった」
「えー……なにか未練でもあるんですか?」
「……お前らみたいな幸せカップルにわかるわけないだろ……俺の辛さなんて……!」
「「はぁ?」」
まったくの見当違いな嫉妬をぶつけられて、田噛とは思わず切れ顔で聞き返す。特に本気で嫌そうな田噛の迫力はすさまじかったようで、亡者は小さく悲鳴を上げていた。
「人の気も知らねえで勝手なこと言ってんじゃねえよクソが」
「そうですよ!あなたのせいで私たちこんな目に……!」
「……なんか、すんません」
「で、なにが未練なんですか」
「実は……」
まだ怒りは収まらないがとりあえず理由を聞いてみると、予想通りカップルが妬ましいというしょーもな……単純なものだった。生まれてこの方彼女もできず、女に振られ続け、絶望していたところで不慮の事故に遭い死んでしまったらしい。その後彼は悪霊になるでもなく成仏するでもなく、浮遊霊となってこの遊園地へたどり着いたのだとか。遊園地なんてそれこそ幸せカップルと家族の巣窟なのでは……?とは思ったが余計な口は挟まないことにした。
「それで、カップルを見るとついムカついて……彼氏の方に憑りついて喧嘩別れさせてたんだ」
「うわあ……陰湿」
「仕方ないだろ!そうでもしないと俺の気が晴れないんだから!」
「んなもん他のやつらには関係ねえだろ。八つ当たりすんな。諦めてさっさと成仏しろ」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ!俺だって……俺だってもっと青春したかったんだよ!彼女と手繋いでイチャイチャしたかったんだ!」
「うわ……」
「おい、お前のせいでさっきからこいつドン引きしてるぞ」
「ほんとにきついです、いろんな意味で」
「そんなこと言わないで、もっと俺に寄り添ってくれよ!……そうだ!あんた、俺にちょっと体貸してくれないか?」
「断る」
「頼むって!あんたの体を借りてこの子とデートさせてくれたら、成仏するよ」
「ええ……」
斜め上の方向に話が行ってしまい、は頭を抱えたくなった。土下座する勢いで頼まれると正直断りにくい。断りにくいが……相手は田噛である。そこがの躊躇いポイントだった。
「……それで本当にお前は満足するんだな?」
「する!」
「え、田噛さん、まさか……」
「チッ……その代わり1時間だけだぞ。あの時計が3時になったらさっさと俺の体から出ていけ。言う通りにしないと……」
「わ、わかった!約束する!」
「ちょ、ちょっと待ってください!私の意思は!?」
「いいか。こいつを無理やり連れていく労力と、1時間こいつに付き合うだけで自動的に成仏させるの、どっちが楽だと思う?」
「……い、1時間付き合う方……」
「そういうことだ。……ただし、俺の体で妙なことしたらぶっ殺す」
「いやこの人もう死んでます」
はあ、と田噛が心底嫌そうにため息を吐いた直後、亡者が頭上から重なるように入っていった。
「おお!成功した!」
「うわ……田噛さんがはしゃいでる……」
表情が豊かな田噛なんて初めて見たが……はっきりいって気持ちが悪い。よっしゃあ!とか平腹みたいな歓声を上げながら両手を空に突き上げる田噛はきっと特務室の獄卒たちが見たら抱腹絶倒に違いない。かくいうも必死に笑いを堪えていた。
「で君、名前は?」
「……、です」
「ちゃんかあ、良い名前だなあ」
褒められても全く嬉しくないのは外見が田噛だからだろうか。それとも、女子なら誰でも良さそうだからか……は口元を引きつらせながらなんとか「ど、どうも……」とだけ捻りだした。
「そういえばこの兄ちゃんは田噛っていうの?」
「あ、はい」
「へえ、偶然だな……実は俺も田上なんだ」
「そうなんですか」
「これはもう運命ってやつかもなー」
なに言ってんだこいつと思いながらもは苦笑することしかできなかった。田噛、もとい田上は当然のようにの手を取って「それじゃあ行こうか」と歩き出す。なにせ1時間しかないのだから立ち止まっているのはもったいない。とりあえず亡者の気が済むように、とは成り行きに任せることにした。ジェットコースターにコーヒーカップ、船の形をした左右に揺れるやつ……全部回るつもりかと思うほどのハイスピードでアトラクションを制覇していく。
「次、あれな」
「ま、まだ乗るんですか……!?」
「次で最後かな……時間的に」
言われて園内の時計を見上げると、時計の針は14時45分あたりを指していた。ちゃんと約束を守ろうとしているあたり、根は悪いやつではないらしい。田噛の報復が怖いだけという可能性もあるが。亡者が最後に選んだのは観覧車だった。なんかこう……恋人というものに幻想を抱きすぎじゃないかとは少々呆れてしまったが、まあここまできたら最後まで付き合うしかない。並んでいる人間はいなかったので二人はすぐ丸いゴンドラに乗り込んだ。
「そういや獄卒?も、遊園地で遊ぶの?」
「え……いや、あんまりない、かな。たぶん」
「ふーん……でもちゃんはなんか、普通の女の子だよね」
「そうですか?自分ではよくわかりませんけど」
「そうだよ、おかげで楽しかった」
「……成仏、できそうですか?」
「まあ、そういう約束だからな……破ったらこの人が怖いし」
と言って亡者は自身を指さす。もちろん外側の田噛のことを言っているのは間違いなかった。
「田噛さんに逆らったらひどい目に遭いますよ」
「……なあ、二人ってホントに付き合ってないの?」
「つ、付き合ってません!これは、あなたが恋人を狙うっていう情報があってやむなく……!」
「わかったわかった。でも、あんたら結構相性良さそうに見えるけどなあ」
「……」
「そ、そんなに嫌だった?」
が思いっきり顔を顰めると、田上(田噛)は困惑の表情を浮かべた。それがやっぱり普段の田噛とは別人すぎて、はつい笑ってしまった。
観覧車を降りてから二人はベンチに腰を下ろす。約束の時間まであと3分ほどだ。「自分が抜けたら意識が戻るまでちょっと時間がかかるかも」と亡者が言うので念のための安全策である。
「あ、あれがお迎えですね」
あらかじめ連絡しておいたお迎え課の鬼がこちらに向かってくるのが見えた。たちの前で足を止めると、亡者のフルネームを確認して本人にも復唱させる。腕時計を確認し、きっかり15時ちょうどに亡者へ体を出るように命じた。
「じゃあね、ちゃん。楽しかったよ。こっちの『たがみ』にもよろしく言っといて」
「来世では彼女できるといいですね」
「……お、おう」
スーっと半透明の亡者が田噛から抜け出ると、お迎え課の鬼はに頭を下げてから亡者にしるしをつけて先導していった。それを見送ってほっとしていると、隣に座っていた田噛がぐらりと傾いた。ベンチからずり落ちそうになる田噛を慌てて自分の方に引き寄せようとしたら、ちょうどうまい具合にの膝に倒れこむ。俗にいう膝枕状態。なんとか体勢を戻そうと奮闘したものの、重すぎて持ち上がらない。やがて疲れたので諦めて亡者たちの去った方向を見たり、空を見上げたり、ジェットコースターから聞こえる絶叫を聞いたりしてやり過ごした。なんだか一息ついたらお腹が空いてきてしまった。田噛が起きたらなにかごはんでも食べよう。あ、そういえばソフトクリームもあったな……。
「……あ?」
「田噛さん!おはようございます」
いつもの無表情に戻った田噛はむくりと起き上がって「亡者は?」と聞いた。
「お迎え課に引き渡しましたよ」
「……ったく、散々だったな」
「田噛さんはなにもしてないじゃないですかー!私なんて1時間ずーーーーっと引っ張りまわされてへとへとなんですからね!というわけで、お腹空いたからなにか食べましょう」
「さっきポップコーン食ってたじゃねえか」
「それはおやつ!これから食べるのはごはん!」
が再び園内マップを広げて食べ物のラインナップを確認する。
「私、ハンバーガーが食べたいなあ」
「いいんじゃねえの」
「……めんどくさくなってません?」
「当たり前だろ。の相手は疲れる」
「ひどっ!」
「それより、あいつ妙な真似しなかっただろうな」
「しなかったと思いますよ」
「……じゃあなんでにやけてんだよお前は」
「いや……だって、あんな楽しそうな田噛さんなんて……」
「……今日のこと他のやつらに言ったらぶっ殺すからな」
「目がマジすぎる」
獄卒ジョークのはずなのに全然ジョークに聞こえない。正直田噛ならやりかねないので、素直に頷いておくことにした。
「はあ、さっさと腹ごしらえしてさっさと帰るぞ」
「……田噛さん、今日ため息多くないですか」
「てめえが道草ばっかりしてるからだろうが……」
「スミマセンデシタ」
結局早めの夕食を食べ、食後のデザートにきっちりソフトクリームまで平らげたは大満足で出口へ向かう。なんならスキップでもしそうなほど足元が浮ついている。知り合いだと思われたくないなどと思いつつ、田噛はその後ろをだらだらとついていった。亡者が憑りついている間の記憶は田噛にはなかった。一体なにをして、なにを話したのか……気になるものの、実際に聞いたところで特に気の利いた感想を言える気もしないし、さきほどのの反応からしてそもそも良い予感がしない。まあ任務自体は無事に完遂できたのだからそれでいいかと田噛は臭いものに蓋をする。と、ニコニコと上機嫌なが突然振り返った。
「楽しかったですね、田噛さん!」
「はあ……?正気かお前」
「えー?だって、なんやかんやでポップコーンもアイスもハンバーガーも美味しかったし」
「食いもんばっかじゃねーか」
「とっ、とにかく、案外楽しかったから、今度はみんなで遊園地来ましょうよ!」
「……そうだな」
どうしてそう言ってしまったのか田噛本人にも良くわからなかったが、夕日に照らされたがあまりにも無邪気で嬉しそうだったので柄にもなくこういう日も悪くないなどと思ってしまっていた。一方でまさかあの田噛から肯定が返ってくるとは夢にも思わなかったは呆気に取られて田噛を見つめる。
「帰るぞ。俺は眠い」
田噛がぽん、との頭に手を載せてから鷲掴みにして無理やりぐるっと前を向かせた。「はーい」という気の抜けた返事を背後に聞きながら、田噛は大あくびをひとつ零した。
馬鹿みたいな日常と: :ギリア