二階堂さん、くっつきすぎです

~!」

 お風呂から上がりてぬぐいで髪をわしゃわしゃしていたら、後ろから二階堂さんが勢いよく抱きついてきた。女としてそれでいいのかと自分自身につっこみたくなるが、私はすでに二階堂さんからのスキンシップに慣れ切っていた。人目も憚らず事あるごとに抱き着いたり、手をつないできたり。私はいつあなたの恋人になりましたか!と問答したくなるようなものばかりだ。最初こそ照れて拒否していた私だが、あまりにも大胆すぎるせいでなんだか意識しているのが自分だけのように思えてきて気にするのをやめた。そう、これはでかい犬だ。ゴールデンレトリバー的な。もしくは弟だ。だいぶシスコン気味の。

「二階堂さん、まだ髪の毛乾いてないからくっつかないでください!」
「別に良いもん」
「いや、二階堂さんが良いとかじゃなくて」
「なくて?」
「早く髪を乾かさないと風邪ひいちゃうかもしれないでしょ」
「じゃあ俺がを看病してあげる!」
「……まず風邪を引かせないという選択肢はないんですね」

 絶妙に会話がかみ合ってない。こちらの話を聞いてるんだか聞いてないんだか、二階堂さんは私の首に巻き付いたままご満悦な様子である。もちろん背後にいる彼の表情が見えているわけではないが、声の調子が無駄にうきうきと弾んでいるので間違いないはずだ。私は諦めて二階堂さんを背負ったまま髪を乾かすことにした。こなきじじいに取りつかれたらこんな感じかもしれない。この時代にドライヤーなどという便利家電などはないので、地道に手ぬぐいで水気を吸い取っていく。元の時代ではドライヤーを使うのが当たり前すぎてなんとも思わなかったが、あれほど便利なものはないなとここにきてようやくありがたみを実感した。
 それにしても、ただくっつくだけのなにがそんなに楽しいのだろうか。背後からは負担に感じない程度の適度な重みがのしかかっている。一応手加減はしてくれている……らしい。別になにかおもしろい会話をするわけでもないのに、二階堂さんは鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。そして至近距離にいるせいか、二階堂さんからは石鹸の良い香りがしてくる。日中は軍服に染みついた汗やら体臭やら土やら血液やらのなんとも言えない、というかお世辞にも良いとは言えない独特な匂いを纏っているので正直勘弁してほしいが、お風呂上りならやぶさかでない。なーんて、絶対口には出してやらないけど。きっと「夜なら抱き着いていいんだ!やったー!」とかなんとか拡大解釈されてしまうから。
 しばらくは背後で大人しくしていた二階堂さんだったが、急に首元へ顔をぐりぐりと押し付け始めた。セクハラ……とか通じないだろうし、そもそも言っても無駄なのはわかりきっていたので、あえて放置。ていうか、この程度で怒っているようでは彼の相手は務まらない。図太くなったもんだと、心の中で嘆息した。あの頃のピュアな私はもう居ないのだ……。

「あの、くすぐったいんですけど」

 粗方髪が乾いた後もそれが続いていたので、そろそろ離れてくれと遠回しに主張してみる。どうせ聞いてくれないだろうとも思いつつ務めて迷惑そうに。まあそれが通じるようなら苦労しないのだけど。

の匂いがする」
「……え、お風呂入ったばっかりなのに?」
「んー……石鹸みたいな良い匂い!」
「……お風呂上りですからね。二階堂さんも同じ匂いしてますよ」
「え!?」

 ちょっと考えればわかりそうなものだが、二階堂さんはさも当然のようにショックを受けていた。使っている石鹸も同じなので、今現在私たちは全く同じ匂いを身に纏っている、はずだ。

「じゃあ、もしかしてほかのやつらも……!?」
「ま、まあ、そういうことになりますね」
「やだッ!」

 二階堂さんは私の両肩を掴んでぐるんと勢いよく回転させた。急に遠心力がかかり、私の頭が一瞬ぐわんと揺れるが、二階堂さんはお構いなしだ。そして向き合う形になるとすぐさま私を自身の胸に埋める。

「ちょっと!に、二階堂さん!なんですか!」

 なにを考えているのか、二階堂さんは窒息しそうなほど自分の胸へ私をぎゅうぎゅうと押し付けた。当然ながら力では敵わなくて、もがいても脱出することもできない。ダメもとで押し返してみるものの、悔しいことにびくともしなかった。二階堂さんは小柄で細身な方なので案外勝てそうとかうっかり思ってしまうが、いざ力比べをすれば勝敗は明らかだ。いやマジでちょっと苦しいんですけど。こなきじじいやってた時はやっぱり手加減していたようだ。いっそこのまま気絶でもしたらちょっとは改めてくれるかもしれないが……そこまでするのもなんだか癪だ。わからせるためとはいえ、なぜ私がそこまでしないといけないのか。

「みんなと一緒じゃ嫌だから、に俺の匂い付けてるの!」
「えー……それは私が嫌なんですけど……」

 私はハムスターかなにかか?思わず冷静に感想を述べると、今度は胸から引きはがされる。

「俺と同じじゃ嫌?」
「……同じが嫌っていうか……ええと、」

 こうやって面と向かって情に訴えられることに私は頗る弱い。しゅん……と効果音が見えそうなくらい、二階堂さんは目じりを下げて私を見つめる。そんな顔されたら強く言えないじゃないか。

「俺はと同じがいい。と一緒だと落ち着くから」

 普段の妙に子供じみた言動はともかくとして、姿かたちは成人男性である二階堂さんにこんな殺し文句を言われてしまうと今まで胡麻化してきた平常心を保てなくなりそうになる。そりゃあ、毎日のように「好き」を前面に出されれば意識しないなんて土台無茶な話なのだ。たぶん私は二階堂さんの仕掛けた罠にまんまとはまったのだろう。ああ悔しい。なんと答えていいのかわからなくて固まっていたら、二階堂さんはまた私を腕の中に閉じ込めた。案外悪くないかも、と伝えそびれたのはきっとそのせいだ。


酩酊の夜に沈んだなら: :世界の裏側から