尾形さんとデートしたかっただけなのに

 尾形さんにイルミネーション見に行きたいなあとおねだりしたら

「このクソ寒い中そんなもん見てなにが楽しいんだ?テレビで見るのと変わらんだろ」

 と論破されてもごもごしてしまった。まあそうだよね、クソ寒い中ただのカラフルなLED見るだけだもんね、わあ~きれ~~い☆以外の感想出てこないもんね。尾形さん、寒いのだめだし。だったらおうちでぬくぬくしながらテレビとかネットの動画で見てればいいよね。…………んなわけあるかあああああ!!私は尾形さんとおでかけしたいだけなの!デートしたいの!たまにはさ、恋人っぽく手をつないでぶらぶらしてカフェで一休みなんかしちゃってこれおいしいですよあーん♡とかやりたいの!!!そんな私の気も知らずこの男は、デートの誘いの大半を「それは今必要か?」だとか「家でできるだろ」の一言で却下却下の却下マン。まあ言い返せない私もアレだけど。口で敵わないのはわかっているので毎回「あ、ですよね……」で簡単に引き下がってしまう推しの弱さも原因の一つではある。
 今回もそんな感じですごすごと退散した私はひとしきり心の中で暴言と不満を吐き散らかしたあと、クッションを抱えて深いため息をこぼした。尾形さんがドライなのは知っていたけれども、まさかここまでとは。会社でのクールでドライな姿にときめいて惚れてしまい玉砕覚悟で告白したらなにかのミラクルでOKをもらって舞い上がってふわふわしていた私はすぐに地上へ墜落した。まったくデートをしないわけではない。時々買い物にも行く。誕生日や記念日にはちょっとおしゃれなレストランで食事をして、プレゼントも用意してくれた。これで満足できない私はわがままなのだろうか。と、涙が浮かんできたところでケータイが鳴った。尾形さんだ。さきほど電話したばかりだが、一体なんの用事だろうかと不思議に思いつつ、今声を聞いたら本格的に泣き出してしまいそうで取るのを少し躊躇した。面倒くさい女だと思われたくない。クールでドライな尾形さんには愛想を尽かされてしまうかもしれないから。
 電話はすぐに鳴りやんで、私はほっとしてしまう。お風呂に入っていて取れなかったですー!ってことにしておこう。うん、そうしよう。私は気持ちを落ち着かせるため、本当にお風呂に入ることにした。バスタブにお湯を張り、いつ買ったか覚えてないけどなんかアロマ的なリラックスできる香りの入浴剤を投入。良い匂い。着替えの準備をしていたら今度はインターホンが鳴った。え?え?誰??通販とかは頼んでないけど。恐る恐るインターホンのモニターを確認すると、立っていたのは尾形さんだった。え?え???どゆこと??この前来た時なにか忘れ物でもしたのかな?あ、さっきの電話はもしかしてそのことか。

「はい」
「……電話出ねえから、来た」
「…………はい?」
「開けてくれねえのか」
「あ、いや、あの、開けます開けます」

 慌てて玄関を開けると普段不健康なほど真っ白な顔が寒さで赤く染まっている尾形さんが不機嫌そうに私を見つめた。いや、これが普段通りだったかもしれない。どっちだろう。リビングに通して、とりあえず温かいコーヒーを淹れた。

「急に、どうしたんですか?」
「……なんで電話出ねえんだよ」
「え、あの、お風呂に入るところだったから……」
「さっきの、気にしてんのか?」
「………………す、少し」

 さっきの、とは恐らくイルミネーションのことを指しているのだろうと判断して、正直に頷いてみる。そんな私を尾形さんが無言で穴が開くほどじっと見つめてくるので居たたまれなくて目を泳がせた。

「……悪かった」

 想定外の台詞が聞こえて視線を戻すと、やっぱりこちらをガン見している尾形さんと目が合った。

「別にお前と出かけるのが嫌だとか、そんな理由で断ってるわけじゃないからな」
「……あ、はい……」
「怒ってんのか」
「いや……それをいうためにわざわざ家まで来たんですか?」
「だめだったか?」
「だめじゃないです……」
「じゃあなんでそんなに歯切れが悪いんだよ」
「いえ、ちょっと意外っていうか」

 むしろ嬉しすぎてうっかりニヤけてしまいそうな自分がいる。尾形さんは私の答えに納得していないらしく、なんだかバツが悪そうに口を歪めた。



 名前を呼ばれ、返事をする間もなく私の後頭部に尾形さんの手が伸びて、彼の胸元へと引き寄せられる。尾形さんは、良くも悪くも匂いというものがない。ほのかにせっけんの香りがすることはあっても、たばこは吸わないし、香水もつけない。洗剤や柔軟剤はもちろん部屋干し臭みたいなのも一切ない。匂いのするものが苦手なのかもしれないけど、一体どうやっているのか。そこまで徹底している割にこういうスキンシップは拒まないのだから、私が優越感に浸ってしまうのも仕方ないだろう。つい無意識に彼の匂いを探したがそこにいたのはやっぱりいつもの尾形さんだった。

「この際だからはっきり言っておくが、俺が先にお前に惚れたんだからな」
「え……なんですか、その謎のマウントは」
「別に、お前が変な勘違いでもしてるんじゃないかと思っただけだ。別れるつもりはないから覚悟しておけよ?」
「私だって……そんなつもり、ないです、けど」
「けど、なんだよ」
「もうちょっとこう……恋人っぽいこともしたいかな……って……おもっ……たり……………………………………や、やっぱり今の無しで!!!!」

 なんとなく雰囲気に呑まれてぶっちゃけてしまったものの、言葉にするとめちゃくちゃ照れる。私は尾形さんの反応が怖くて彼の胸に顔をうずめたまま動けずにいた。そして安定の無言。ドン引きしてたらどうしよ……言わなければよかった。後悔と羞恥心でじんわりと涙を浮かべていたら、ほっぺたに少し冷たい掌が触れてそっと持ち上げられる。尾形さんが涙目の私を見て笑ったのでやっぱり恥ずかしくて視線を外したらその一瞬の隙を狙って唇を重ねられた。普段はいじわるの比率の方が高いのに、こういうときは妙に優しいものだから脳が混乱する。

「したかったんだろ?こういう、恋人みたいなこと」
「そうだけど……なんか尾形さんが言うとやらしい」
「そうか?」

 頭上で尾形さんが笑いをかみ殺す気配がする。今、彼はきっとめちゃくちゃ悪い顔をしているに違いない。ほんといじわるだ。そんなところですら好きだと思ってしまう自分には呆れてしまうが。

「で、他はなにがしたいんだ?」
「じゃあ……今度一緒に遊園地行ってください」
「イルミネーションはもういいのか?」
「大丈夫です、ちゃんとイルミネーションもやってる遊園地なので」
「………………考えておく」

 聞いてくるくせに言ったら言ったですっごい嫌そうな口ぶりだったので、今度こそ堪えきれず笑ってしまった。尾形さんが寒いの苦手なのは知ってるけど、でも、たまには付き合ってくれたっていいですよね?遊園地を連れまわして、カフェで休憩してケーキとかそんな良い感じのデザートをあーんして、手をつないでイルミネーションをのんびり見て周る、という計画を私は勝手に脳内で立てた。今年の冬はいつもより楽しくなりそうだ。


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