※現パロ




「ブラックホールってつまり何なんですか?」
「天体だ」
「まじですか、アレ地球の仲間だったの」
「正確には、超新星爆発を起こした重い星のなれの果てだな」

 私の方には目もくれず、尾形さんはえげつないくらい分厚い本をぺらぺらと捲りながら淡々と答えた。「ブラックホール撮影に成功!」のニュースをぼんやり見ていてふと浮かんだ疑問にネットも使わずしれっと答えるなんてこの人の知識量半端ねぇ。ブラックホールという日常でもよく使う単語が本来どんな意味を持つのかについて私はなんか黒くて大きくてとにかく無限になんでも吸い込んでしまうみたいなふんわりとしたイメージしかなかったわけだがまさか天体だったとは。自分がただ無知なだけだとしたら恥ずかしいことこの上ないけど尋ねたのが尾形さんでよかったかもなんて思いながら相変わらず医学書に釘付けになっている彼を頬杖つきながらじっと眺めていたら視線に気付いたのか顔を上げ怪訝そうに「なんだよ」と吐き捨てた。

「俺を観察して楽しいのか?」
「うーん、楽しくはないかな」
「ならやめろ。気が散る」

 仮にも恋人に向かって酷くない?むっとして顔を顰めたが尾形さんは既に本へと視線を戻していたので私の無言の訴えは届いていなかった。合鍵を貰ったということはつまりそういうことだよねと自己解釈した私は事ある毎に、事がなくても彼の家を訪問していたが構ってもらえる時間はごくわずかである。歯医者さんて忙しいんだな~、お仕事してる姿もかっこいいな~なんて見つめているだけでも私は満足なのだ。そりゃあ、構ってもらえたら嬉しいけど……お仕事を邪魔するつもりなんてこれっぽっちもないのだから見つめるくらい許してくれたっていいじゃないか。数十分に一回ぽつりぽつりと雑談を持ちかけるのは果たして邪魔になってないと言えるのだろうかという不安が一瞬頭を過ぎったがまあ息抜きだって必要だよねと勝手に正当化しておいた。

「たまには私とお話してくださいよ」
「してるだろうが」
「足りない」
「俺は足りている」

 この人とは価値観がまるで違うのかもしれない。悲しいことだが人には相性という厄介なものが存在する。その相違によって別れを選んだ友人たちはたくさん見てきたけれど自分は大丈夫だなんて根拠のない自信を今日まで持っていた私は愕然とした。どんなにこの人を好きであっても相手もそうでなければこの関係は成立しないのだ。ならばなぜあの時尾形さんは私の告白を受け入れ、お付き合いを承諾してくれたのだろうか。理由を聞いてみたいけれど「あれはただの気まぐれだ。別にお前が好きだったわけじゃない」なんて一蹴されたら一生立ち直れない気がする。うわあ、言いそう。自分でも驚きの再現度で脳内再生された台詞はただの想像だというのに私のハートを凄い勢いで抉っていった。

「……一緒に住むか」

 聞き間違いかと思ってぽかんとしていたら「その方が効率がいい」とかなんとも尾形さんらしい補足をしてくれたが同棲の提案するのに効率とか夢もへったくれもないなと少しがっかりしたのは内緒だ。尾形さんが本に栞を挟んでから私に向き直るのを見て冗談じゃないんだなあと嬉しくなるのとやっぱり夢じゃね?尾形さんがこんなこと言うかな?と信じられない気持ちとがせめぎ合う。

「嫌なのか?」
「嫌じゃ……ない、です。ていうか嬉しい……?」
「もっと素直に喜べねえのか」
「だって、尾形さんは私のこと別に好きじゃないのかと思ってたから意外っていうか」
「おい、勝手に決めつけてんじゃねぇよ。誰が好きじゃないなんて言った?」
「好きじゃないとは言われてないけど好きとも言われてないよ」

 思えば私ばかり好き好き言っていて尾形さんからそんな台詞が出たことなんて一度もないんじゃないだろうか。まあストレートに言うタイプでもないけど。暗にはっきり言ってほしいという思いを込めて抗議してみたらにじり寄って来た尾形さんが「」と私の名前を呼んだ。

「好きだ」
「……それはそれでなんか、照れくさい」
「面倒臭いなお前」
「だって今日の尾形さん、なんか変」
「そうか?いつも通りだろ」

 そう言いながら私にゆっくり体重を掛ける尾形さんはなんだか楽しそうに口の端を釣り上げていてあー、これは変なんじゃなくて悪いこと考えている顔だ!と前言撤回した。一体何が彼のスイッチを押してしまったのか全く検討もつかないが、とにかく尾形さんはご機嫌な様子で私に深い口づけを落とす。頭のふわふわしたような状態でそっと目を開けると、彼の黒い黒い瞳の中にはソファへと倒れこむ私が映っていて尾形さんの目もブラックホールみたいだなあなんてくだらないことを考えていたけれどそれも二度目のキスによってどこかへ飛んでいってしまった。

Ist das Leben nicht schön?
尾形上等兵が現代にいたら……のやつ