なんだこれ…………なんだこれ。

 妙な寝苦しさを感じて目を開けると、視界いっぱいに広がっていたのは白と萌黄の着物だった。昨日の夜、杉元さんの隣に寝たのは覚えている。彼の逆隣にアシリパさんが寝ていることも知っている。察するに、杉元さんは私とアシリパさんを間違えている?苦しいくらいぎゅっと私を抱きしめる逞しい腕は緩む気配がない。面倒なことになる前になんとかしないと。しかし一体どうすれば……。なんとか体を捩ってみるものの、身動きが取れない。胸板を押して少しだけ身体が離れたかと思えば更に腕の力が強くなった。もう密着どころか押し付けられている状態だ。

「す……杉元さ~ん、朝ですよ~」
「……………………」

 だめか。定番の朝だぞ起きろ作戦は失敗のようだ。でも本当に、早いところこの状況をなんとかしなければみんな起きてしまう。恥ずかしさからなのか見つかったらどうしようという焦りからなのか、心臓がどきどきと煩い。幸い杉元さんは熟睡しているようだから聞こえていないはずだけど……。杉元さんの胸に押し付けられた私の耳には自分のものではない心音が聞こえてどうにも落ち着かなかった。今、どんな夢を見ているのだろう。杉元さんは戦争の記憶に悩まされることはないのだろうか。杉元さんの着物からは微かに血の臭いがする。きっと私も同じ臭いがするだろう。これは私たちが生きてきた証だ。私の人生を書き換えることはできないけど、それが杉元さんとの共通点だと思うと少しだけ嬉しくなる自分がいた。――私がもしも、普通の女だったらこの気持ちを素直に認められただろうか。退役した今も男装をやめないのは今までの私を否定したくないからだ。だけど今はそれが足かせになっている気がした。本当はこのまま朝がこなければいいと思っている。自分の腕も同じように、彼の背中に回してしまいたい。……少しだけなら、許されるだろうか?ゆっくりと腕を体の間から抜いて、彼の腰に伸ばした。一見細身に見える杉元さんだけどやっぱり鍛えていただけあって触るとがっしりしているのがよくわかる。杉元さんが起きないのを確認して、しがみつくように力をこめた。

「ん…………?」

 どきりとして手を離す。うっすら開いた瞳に私を映してはいるものの、恐らく識別ができてないように思えた。そのまま数秒間、杉元さんは私から目を離さないままぼーっとしていた。首が痛い。

「…………?」
「……おはよう、ございます」
「…………えっ、俺、なんで……ご、ごめん俺、」
「は、はは……アシリパさんと間違ってましたよ?」
「別にアシリパさんと間違ったわけじゃ……いや……うん、ごめん」

 杉元さんが気まずそうに頬をかいて起き上がる。思いのほか大声を出されなかったことと漸く解放されたことでふう、と息を吐いた。アシリパさんと間違ったのではないなら誰と間違ったのだろう。そういえば私は杉元さんが金塊を探し始めた経緯もなにも知らない。知っているのは日露戦争に出征して「不死身の杉元」という異名がついたことくらいだ。アシリパさんのことになると豹変するけれど、普段は至って普通の優しい青年だと思う。徴兵される前に良い人がいたのかもしれない。私みたいな小汚い男女なんかじゃ勝てる気がしなくて、初めて自分の人生を後悔しそうになった。目頭が熱くなってきている。涙がこぼれないうちに逃げてしまおう。

「私、厠に行ってきます」
「……もしかして怒ってる?」
「え?いや……怒ってはないですけど……どうしてですか?」
「だって、なんか嫌そうな顔してる」
「別に嫌ってわけじゃ……あ、そういう意味じゃなくて」
「ほんとに?」
「本当ですよ。寝ぼけて間違えるのは仕方ないですからね」
「……間違ってないって言ったら、どうする?」
「…………はい?」
「やっぱなんでもない。忘れて」

 言い捨てて再び寝転がる杉元さんを暫く見下ろしていたけど、そのまま起きる気配もなかったので外に出た。火照った頬を風で冷やしつつ、先ほどの杉元さんの言葉を頭の中で反芻する。間違いじゃないなら一体なんだというのだ。私は杉元さんの言動でこんなにも動揺しているというのに、彼は違うのか。一度引っ込んだ涙がぶつけようのない苛立ちと一緒に再びこみ上げてきて唇を噛み締めた。

そこでゆっくりと死んでいきたい