盗賊を追っていくと、彼らは1軒の建物に入っていった。看板には「待合旅館」とあるが、扉や窓が悉く閉ざされ板の打ち付けてあるところを見るに、営業中とは考えにくい。
「杉元の言ったとおりだな」
尾形さんがにやりと笑う。あれが盗賊の隠れ家ということだろうか。盲人相手ではあまり意味がないような気もするが、私たちは旅館の手前に生えた木の幹へ身を隠しながら様子を伺う。彼らを追っているうちに空が白み、木の葉の隙間から陽が差し始めていた。こうなってしまえば盗賊たちは簡単には動かないだろう。
「杉元さん、盗賊たちの根城を突き止めていたんですね」
「あんまに聞いたんだと」
「突入しますか?」
言ったものの、自分たちだけでは心許ない気がする。尾形さんは神妙な面持ちで私を見つめた。戦力になるのか?と視線で訴えられているようで少し怯む。
「お前を戦闘に参加させたら、俺が杉元に説教くらうことになり兼ねんからな」
「自分のことは自分で決めろと言ったのは尾形さんじゃないですか」
「そんなこと言ったか?」
「……とにかく、杉元さんは関係ありません。私は……」
言いかけたとき、草を踏む音とともに「尾形だ」と女の子の声がした。アシリパさんと杉元さんが向かってくる。尾形さん同様、杉元さんも全裸だ。その上半身は血に濡れていた。
「杉元さん、その傷……」
「大したことないよ」
杉元さんの常套句にも私の不安は拭えない。本当に大丈夫なのかもしれないけれど、そうだとしても杉元さんは怪我が多すぎる。今回は大したことがなくても、いずれ命にかかわる大怪我をするのではないか。表情を曇らせる私の肩にアシリパさんの小さな手がぽんと乗せられた。
「私も止めたけど、杉元に退く気はないみたいだから諦めろ」
「……アシリパさんでもダメなら、仕方ないですね」
「たちの方は無事みたいだな」
「はい、おかげ様で」
「キロランケニシパたちには会ってないか?」
「ええ、見てませんけど……」
どうやらアシリパさんも怪我はないらしい。お互いの無事を確認し合いながら情報交換しているうちに、杉元さんと尾形さんはこのまま二人であの建物へ突入するという意見でまとまっていた。普段はいがみ合っている割に、戦闘になると息がぴったりなのが彼らのすごいところだ。
「アシリパさんとは外で待機しててくれ」
「外に逃げるやつらがいるかもしれん。もしそうなったらお前らでなんとかしろ」
「……わかりました。二人とも、お気をつけて」
こくりと頷いた杉元さんがそっと扉を開けた。尾形さんのうしろから僅かに見える室内は真っ暗だ。二人の姿が消えて間もなく入口の扉がひとりでに閉まった。いや、盗賊たちの仕業だろう。待ち構えていたのだ。私とアシリパさんでその扉を再び開けようと試みたがびくともしない。中からは数発の銃声が聞こえた。
「……ほかの入り口を探しましょう」
「わかった。私は右手から回る。は反対側を見てきてくれ」
「はい」
杉元さんたちと同様、十分気をつけるようにと言い添えてからアシリパさんと別れる。建物に沿って左側をぐるりと回るが、やっぱり窓も扉も板が打ち付けてあった。ところどころ隙間はあるものの、ここから侵入できるとは思えない。試しにひとつ、板を外そうとしてみたがどうやら内側からもびっしりと板張りがしてあるらしい。……さすがに全部をひとつずつたしかめている余裕はないか。途中、僅かな隙間から中の様子を伺ってみると、僅かに木の軋む音はするがそれ以外に物音はなかった。
そうやって少しずつ慎重に歩を進めていると後方から足音が近づいてきた。隠す様子もないことから、盗賊の仲間ではないらしい。が、一応警戒して距離を取りながら振り向く。
「……牛山さん」
「あんたがここに居るということは……杉元たちも居るらしいな」
「どうしてここに」
「目的は一緒だろう?」
答えるまでもない問いに、私は苦笑する。彼らとは旭川で分かれて以来だ。聞けば牛山さんたちも都丹庵士の情報を掴んでいて、私たちの後に同じ旅館へ到着していたらしい。なるほどと納得すると同時に、どうしてこの廃旅館の場所がわかったのだろうという疑問も湧いてくる。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「杉元さんと尾形さんが、都丹庵士とその仲間を追ってこの中に」
「やはりそうか。で、入口は?正面は鍵がかかっているようだったが」
「それが、閉じ込められてしまったみたいで。私も今、別の入口を探しているところなのですが……」
腕を組み、顎に手を当てた牛山さんはそのまま考え込むように空を見上げた。そういえば土方さんや永倉さんは一緒ではないのだろうか。周囲を見渡してもそれらしき人影はない。
「……まどろっこしいな」
ぽつりと漏らした牛山さんを仰ぎ見たとき、目の前にあったはずの壁に大穴が開いていた。牛山さんが素手で壊したのだ。……素手で。その光景を唖然と眺めていると内部から「チンポ先生ッ」と弾むような声が聞こえた。彼の大きな背中で隠されていて姿は見えないものの、間違いなくアシリパさんのものだ。
「あれっちゃん?」
振り向けば当然のように全裸の白石さん、チカパシくん、そしてリュウの姿があった。
「白石さん、無事だったんですね。よかった」
「まあね。逃げることに関しては俺の右に出るやつはいないさ」
と、本人は言っていたがチカパシくんに聞いたところによるとさきほどまで「森の入口で伸びていた」らしい。いや、まあ、命が無事だったことに変わりはない。私がもたもたと入口を探しているうちに中では決着がついていた。というよりも土方さんの乱入により引き分けで終わったようで、杉元さんたちも外へと出てきた。こちらの負傷者は杉元さんと谷垣さんの2名。盗賊側の人数や、無防備な状況で奇襲を受けたことを考えると驚異的な戦果といえる。
「……そんな辛そうな顔するなよ」
杉元さんが困ったように笑ってこちらを見ていた。そこでようやく私は強張らせていた顔を元に戻す。
「杉元さんが怪我ばかりするのを見るのは、嫌です。……アシリパさんたちも、同じだと思います」
「……でも、手を汚すのは俺の役割だから」
「私に背中を預けてほしいとは言いませんけど、ここまで来たんだから一緒に戦わせてください。……やっぱりだめ、ですか」
「いや――」
「杉元、怪我の手当をするぞ」
答えを聞けないうちにアシリパさんからのお呼びがかかった。続きは気になるが、そっちの方が大事だ。傷跡が残らなければいいのだけど、と思いながら私は杉元さんを見送る。
「尾形さんも、怪我してないですか?」
「俺はあいつのついでか?」
「なんですかそれ……この間から変ですよ、尾形さん」
たしかについ杉元さんを一番に心配してしまうのは否めないけれど、それは怪我を負う回数が圧倒的に多いせいだ。ただそれだけの理由で、他の人たちのことを考えていないわけではないのに。尾形さんが妙につっかかってくるのはどうしてだろう。私は首を傾げつつ、全裸の男たちが風邪を引いていないことを祈った。