エルヴィン団長の執務室は静寂に包まれていた。外はがやがや騒がしい筈なのだけどこの部屋に入った途端一切の音が遮断されたようにしいんと静まり返るのはどういうからくりなのだろうといつも不思議に思っている。もしかしたら部屋の主のせいかなと次回の壁外調査の作戦を考えているエルヴィン団長をちらりと伺った。難しい顔をしているのを見ると難航しているのかと少し不安になったが私がじっと見ていたせいか団長はこちらに気が付いてにこりと笑ってくれた。その笑顔が何とも爽やかで既に捧げてしまった筈の心臓がドキドキと煩くなる。こんな静かな部屋の中じゃ聞こえてしまうんじゃないかなんてありえないような事を考えていたら、団長は仕事を中断して「少し休憩しようか」と誰に言うでもなく呟いて立ち上がった。
「君も疲れているみたいだしな」
「いえ私は大丈夫ですけど団長こそ何時間もぶっ通しじゃないですか」
「ああ、流石に少し肩が凝ったな」
「揉んでさしあげましょうか?」
「……遠慮しておくよ」
「えー、私これでも結構うまいですよ?」
「そうなのかい?」
意外そうに言われたのには心外だったが、試してみます?と手をわきわき動かしてにっこり笑ってみたら団長は漸く「お願いするよ」と言って上着を脱いだ。それを受け取ってうわあ~団長の上着大きいな~と堪能していたらなんだか痛い子を見るような目で見られてしまったので仕方なく畳んで近くのソファに置いた。さて、と団長の広い肩に手を添えてみるとかなり凝り固まっていて吃驚してしまった。団長の仕事はデスクワークが主なため仕方ないことなのだが、こう毎日毎日机に噛り付いて書類にサインしたり作戦を練ったりという地味で果てしない作業を続けるのってまるで無限地獄みたいだな。私だったら発狂するわと感心せずにはいられない。だからそんな尊敬する団長の役に立てるならと、私は誰に頼まれてるわけでもないのに団長の執務室に入り浸り秘書の真似事のようなことをしているのだった。普段はどんどん山になっていく書類を指示通りに整理したり、完成した書類を届けにいったりというようないわゆるパシリ的な役目が多く、こうして団長に触れることは実はこれが初めてだったりする。密かに団長に恋心を抱いている私にとっては堂々と団長に触れる絶好の機会だった。そんな真っ黒な下心を綺麗に隠してマッサージはもちろん全力投球だ。彼を癒したいのはまごうことなき本心である。
「凝ってますね~~~~」
「気持ち、いいよ」
「ちょ、だめ団長そんな言い方したら」
「……妙な想像をするのはやめなさい」
自慢じゃないが肩もみは昔から結構得意なのだ。気持ちよさに悶える団長の吐息にうっかり鼻血が出そうな気がしたが、なんとか堪えてがっちがちの岩みたいな肩を丁寧に揉み解していく。
「私にできることがあったらなんでも言ってくださいね」
「どうしたんだい急に……今のままでも十分助かってるよ、ありがとう」
「えへへ、団長にそう言ってもらえると俄然やる気がでます」
「これからもよろしく頼むよ」
団長は振り返ってふんわりと笑った。優しく細められた彼のアイスブルーの瞳が私は大好きだ。普段なら冷たい印象を受けるそれもクールで素敵だが、彼本来の姿はこちらだと思っている。この人はどこまでナイスガイなんだろう。そんな顔されたらほらまたどこかで心臓が鳴っている。もしかして団長は私を心臓発作で殺したいのか。私調査兵団なのに、巨人に殺される前に団長に殺されてしまうかもしれない。団長の微笑み爆弾をもろに食らった私はさっきまで団長の脱ぎたての上着のこととか逞しい肩に触れる喜びとかも吹き飛んでただの乙女に成り下がっていた。
「だ、団長……す、す、」
「す?」
「すす、水天宮利生深川って知ってますか……」
「……い、いや知らないな……すいてん……何だい?」
「いえ何でもないです……そろそろ戻ります」
「ああ、ありがとう。とても楽になったよ。また頼んでもいいかい?」
「……はいっ!」
危なかった、危うく告白しちゃうとこだった!執務室から逃げるように退室してドアにもたれかかり安堵のため息を吐いた。やっぱり私にこんな乙女思考は似合わないや、団長の一挙一動に興奮してるだけで私は満足だわと赤く染まり始めた空を見ながら廊下をスキップしていたらリヴァイ兵長に「気持ちが悪い」と背中を蹴られた。
チョコレイトのように染まってしまえよ::変身