玄関を開けると、いつもの場所にいつものように置いてある花。それが、いつの間にか私の日常になっていた。花に添えられたカードに名前はない。けれど贈り主が誰かだなんてもはや書く必要もないほどにわかりきっている。
「やぁ、おはよう。今日こそ私の気持ちに応える気になったかい?」
笑顔で話し掛けてくる大佐に、こちらもにこりと笑顔を返す。ただしポジティブな意味ではない。大佐の遊び相手になんて、絶対に、ぜえ~~~~ったいに、嫌です。そんな意味を込めたが通じているのかはわからない。私は爽やかにシカトして自分の持ち場へと足を向けた。後ろからゆったりとした足音がついてくる。
「相変わらずつれないな。私はこんなに君を恋しく想っているのに……」
「気を付けろ、その一回が命取り!」
「……なんだね、その標語みたいなのは」
「みんな言ってますよ。大佐に目を付けられたら最後って」
「ほう。つまり、は私に惚れない自信がないから拒んでいる、と」
「どう曲解すればそうなるんですか……」
「愛は男に勇気と自信をもたらすものだよ、」
「……そんなに人恋しいならホラ、彼女なんてどうです?」
諦める気配のない大佐に適当な女を指さしてみる。といってもきちんと大佐が好きそうな美女を選んだ。比べるのも悲しいが、私なんかよりよっぽど良い女だ。軍服の良く似合うキャリアウーマンといった雰囲気が出ている、凛とした大人の女性だった。狙うなら断然あっちだと思うのだけど。私ならそうする。……それとももう手を出した後だったりして。あ、あり得る……。まあ彼女がだめでもこの司令部にはまだまだ綺麗な女性がたくさん居る。その中にあってどうして私みたいなのを選ぶのか、はっきり言って理解に苦しむ。
「……そんなに私が嫌いかね」
遅れて返ってきた声は何故か真剣なもので、私は思わず振り返る。やけに静かだと思ったら……いつものように軽いノリで笑って返されると予想していた私は不覚にも狼狽えてしまった。大佐はどこか悲しそうな、切なそうな表情でじっと私を見つめている。まさか本当に落ち込んでいるなんてことは……ない、よね。大佐だもん。きっとこれも作戦のうちだろう。彼の常套手段だ。頭ではわかっていても、もしかしたら……なんて甘い期待を抱いてしまう私がいた。
「あー……いえ、別に大佐が嫌いなわけではなくて……」
普段、ふざけた面しか見たことのない私はどうしてよいやらわからず、目を泳がせた。大佐のその女好きなところはあまり好きではないけれど、仕事の面では尊敬している。
「なら断る理由はないだろう」
「…………私、つ、付き合ってる人が居るんです!」
「嘘だな」
「即答ですか」
「第一に、君は度々合コンとやらに参加している」
「……それは人数合わせで」
「第二に、毎週休日は予定がないと言っている」
「なんで知ってるんですか……大佐ってもしかしてストーカー?」
「好きな女性のことを知りたいと思うのは当然だろう」
「……遠距離恋愛という可能性もありますよ?」
「……それは盲点だったな……まさか、そうなのか……?」
大佐がその手があったかみたいな顔をしたので、私はうっかり笑ってしまった。この人はたまに詰めが甘いことがある。イシュヴァールの英雄、焔の錬金術師、そんなごつい異名を持っているくせに抜けているところがあるというギャップが女性にモテる遠因なのかもしれない。
「、」
「え……うわっ」
大佐が私の腕を引っ張り自分の所へ引き寄せた。突然のことにバランスを崩し、私はなすがまま大佐と顔を近づける。無意識にごくりと唾を飲み込んだ。仮にも軍属のくせに不意打ちにやられるとは情けない。
「私はマジだ。……覚えておいてくれ」
至近距離で囁くと、彼はそのまま私を放置して立ち去ってしまった。……そんなわけないでしょ。だって、あのロイ・マスタングだよ?彼女候補なら腐るほど居るっつーの。真剣な顔して口説けばそれこそ選び放題のくせにわざわざ私を選ぶ理由はなんだ?イライラを鎮めるように一度深呼吸して、私は再び仕事場へと歩き始める。惚れない自信がないのではない。私はすでにあの男に惚れている。だから嫌なのだ。朝の儀式を終えた私が事務所へ到着するともう始業時間5分前。15分前には着けるように家を出ているはずなのに、最近は大佐の妨害でこんな調子だ。はあーと盛大なため息を吐いて自分のデスクに倒れこむと、隣の同僚が「今日も捕まってたんだ?」とニヤニヤしながら聞いてきて面倒なことこの上ない。
「いっそのこと流されちゃえば?案外うまくいくかも」
「他人事だと思って……」
「大佐って、最近以外の女の子追いかけてないらしいよ」
「そりゃあ長い人生、そんな時期もあるでしょうよ。偶然偶然」
「意地張って後悔しても知らないから」
「……そういえば大佐に私の個人情報流してるの、あんたでしょ」
「個人情報ってのはね、個人を特定できる情報のことを言うの。つまり私が流してるのはただの噂話。井戸端会議レベルの雑談。おわかり?」
始業のベルが鳴る。私たちは会話を中断していつもの通り書類へ目を通し始めた。私は小難しいことが書かれている書類を手に、ついさっきのやり取りを思い出す。いつか冗談じゃなく本気で私を誘ってくれるだろうか。窓の外に目をやり、私はまたため息を吐いた。
それが何なのか解らなかった